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真白-ましろ-  作者: 格之進


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ご褒美

「あのあと伊坂に連絡したの。あ、伊坂って会坂さんが言っていた私の友達ね。そうしたら"隠れて会坂さんの指導を受けるなんて反則だ"ってギャンギャン騒いで大変だったよ」


先週の練習後の一悶着を田坂が苦笑いしながら、いや、してやったり顔をしながら話す。9月に勝負する友人というのは彼女らしい。


今日は宵の明星は定休日。マスターと浅川は用事があって参加できなかったが、灯、田坂、真白の3人は高尾外輪山を小仏城山山まで縦走するトレイルランニングをしていた。


梅雨も明けて夏真っ盛り。朝6時にスタートしたが、一瞬で汗だくになった。


「私も会坂さんに会いたかったなぁ」


灯が口を尖らせる。ファンらしい。


「あの修行僧みたいな立ち振る舞いがカッコいいよね。取材では尖った事も言わないし、泣き言も言わないし、淡々と事実だけを言うところ。ねぇ、田坂ちゃん。連絡先交換したんでしょ?今度うちに連れてきてよ」


「無理ですって。恐れ多くてこちらから連絡なんかできませんよ。あ、でも伊坂なら…」


「頼んでおいて!サービスするからって!うー、もし本当に会坂さんが来たらどうしよう。どんな服を着ようかな」


制服だろ。と真白は心の中で突っ込んだ。


そういう真白も、あの後4人で撮った写真を母や入江に送って自慢したりしている。浅川なんてちゃっかりツーショットを撮っていた。しかもそれは会坂からのオファーだ。暑いってのにくっついてポーズをとる2人を映した真白は、後ろからの殺気を頑張って無視した。


「今日は途中でかき氷が食べられるんですよね」


真白は楽しみにしている事を確認する。


「うん。このコースは前半の堂所山までがとにかくキツいからそのご褒美みたいなものだよ。去年はマスターがかき氷食べたらお腹が冷えたって言って、熱いなめこ汁を飲んでいて私たちだけじゃなくて周りからもドン引きされてましたよね」


田坂がケラケラ笑いながら話す。


「あぁ。気持ちは分かるけどね。マスターはよせば良いのに大きいサイズを頼んだから。お腹弱いくせに」


灯が苦笑いしている。


「すっごく大きいんですよね?楽しみです」


真白は今日の練習が決まってから何度も小仏城山の山小屋で食べられるかき氷の写真を見ていた。これだけ暑い中走ったならさぞ美味い事だろう。


しかしこのコースはキツいな…山に入ってから小刻みなアップダウンしかない。しかもその一つひとつが急で足場も悪い。登山道は明瞭で夜でもない限り道に迷う心配はなさそうだが、左右を木に囲まれていて景色は全く見えない。たまに小ピークに着いても木々の隙間から遠くが見えるくらい。日向山山頂からの景色みたいな眺望はない。やっと登ってピークに着いたと思ったらすぐに同じくらい下ってまたすぐ登る。とにかく平地がない。ずっと、ずーっとアップダウンだ。だから走り始めて間も無く1時間経つけどまだ5キロも進んでいない。


「精神を削ってくるでしょ。堂所山まではまだ5キロ以上あるからね。この倍はかかるって事。このコースはキツいし、眺望もないから南高尾山や小仏城山周辺に比べると登山者やトレイルランナーも少ないんだ」


田坂はいつもは急峻な登りも足場が悪い箇所以外はしっかり走っているとの事。今日は真白や灯にペースを合わせているから登りは歩きがメインだが、効率的で脚に負荷がかかりにくい歩き方を真白に教えてくれている。


「水分をこまめに摂るようにね。ものすごく汗をかいているから」


後ろから灯が声をかけてくる。今日は灯も日向山登山の時と違い、半袖に短パンという軽装だ。その格好だと物凄く若く見える。


それから1時間ちょっと走って歩いてを繰り返していると、堂所山に到着した。スタートの宵の明星から約11キロ。しかし走り始めてから2時間20分近く経っている。


「初めてだし、この暑さだし、凄く辛かったでしょ。よく頑張ったと思うよ」


永遠に続くのかと思うほどのアップダウンにやられて脚が重くなっている真白とは対象的に田坂は顔色一つ変えていない。灯も余裕そうに水を飲んでいる。


「ここからはコースはグッと楽になるから。まき道を使って楽しながらかき氷まで行こう!」


灯の号令で小休止を終えた一行は小仏城山に向けて走り始めた。


「まだ8時半ですが、山小屋はこの時間からやっているんですか?」


真白の問いに2人はピクッと反応して、何も答えない。おい、そこは大切なところだろ。真白はそうツッコミを入れかけた。


それからしばらく口数が少なかった2人。小仏城山に着いて山小屋が開いているのを見ると堰を切ったようにキャーキャー騒ぎ始める。


「ほらやっぱりもう開いてた」「心配なんかしてなかったけど」


あー、やっぱり自信なかったんだ。これでやってなかったらどんな顔したんだろうな。2人の後に続いて山頂からの眺望が見えるテーブルに向かい、荷物を置いて一息つく。


「今日は何味にしようかなー」なんて独りごちながら財布を取り出す灯。


「そんなに沢山の味があるのですか?かき氷と言ったら大体4種類くらいだと」


真白はイチゴ、レモン、メロン、ブルーハワイの4種類がスタンダードだと思っていた。


しかし山小屋のカウンターには、その倍以上の種類のシロップが並んでいた。その中で灯はコーラ、田坂はブルーハワイ、真白はピーチを選んだ。


山盛りのかき氷に甘いシロップをたっぷりかけて…スプーンを突っ込み、シャク、シャクシャク。


あぁ…この瞬間のためにここまで頑張ってきた。


すでに気温は30℃を超えているだろう。汗だくで火照った体が内側から冷やされていく。熱くなったフライパンに水をかけた時のジューッという音と蒸気が真白の体から上がっている。


「「美味しー!!」」


灯と田坂も同じ感覚を味わっているようだ。もう3人とも無言で口に掻っ込んだ。


あっという間に空になった器を返しにいくと、すでに山小屋は忙しくなっていた。この名物を目当てにみんな来るのだろう。でもこの時期の昼間は命の危険があるくらいの暑さになるから、比較的早い時間に集中するんじゃない?と灯が言っていた。


「1日に300杯とか作る日もあるらしいよ」


作るのも、それだけの氷を運搬するのも大変だろう。


「ああいった方々が俺たちの山の楽しみを作ってくれているんですね」


真白が真剣な表情でかき氷機に向かう男性を見ながら呟くと、


「そうそう。あたし達の楽しみは誰かの汗の上にある事を忘れちゃいけないね」


灯がリュックを背負いながら返す。


「さあ、暑さがピークになる前に日影沢林道から下って帰ろう」


「「はい!!」」


体を冷却した3人は灯の号令で下山を開始した。


先週に続いて朝イチから昼前までの濃密なトレーニング。今日も帰ったら冷房が効いた部屋で気持ちよく昼寝をするのが楽しみだ。


そしてまた明日からアルバイトも頑張ろう。


自分の仕事が店を訪れてくれたお客さんの思い出作りに一役買えるように。

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