カフェ
3人は学校敷地内の端っこにあるホスピタリティを学ぶ学生が運営しているカフェの席に落ち着いた。
ここはこの大学の売りの一つでもある、大学が管理運営しているカフェだ。
大学卒業後にホテルやカフェなどホスピタリティ関連の仕事に就く事を夢見る学生の中で、入学してからの1年間で大学側が定めた成績を納めた者が、大学が独自に行なっている面接を含めた試験を受験する。その試験で優秀な成績を納めた者が、お給料を貰いながらの実地研修という待遇で働くことができる。
価格は世間一般のカフェより割安で、実習の一環のため一度採用されたらそれなりの理由がないと4年の上期まで辞められないとか、時間をかけて技術向上を目的としているため応募資格は新2年生のみとか、管理・指導している講師陣は厳しい指導で有名とか、色々縛りやら何やらあるが、その分力がつくのとホスピタリティ業界の人間もスカウトのためお忍びで視察に訪れているという噂もあって、毎年採用倍率は凄まじい事になるらしい。
「本当に2人とも濃いキャラしているね」
3人分の注文を済ませた瀬尾はニコニコしながらそう言ったが、全く同意しかねるところである。
「で、話ってなに?」
真白は早速本題に切り込んだ。
こうなりゃとっとと話を済ませてすたこらさっさだ。後から桜田が来るとか言っていたけど知ったことじゃない。
「では単刀直入に聞こう。日向くんはアルバイトをやるつもりはないか?」
入江は真顔で聞いてきた。さっきまでの流れからすると、あまりにも斜め上の話…いや、こっちの方が極めてまともな話だ。真白はそんな感じで少し頭の中で状況を整理したのち、とりあえず話だけ聞いてみることにした。アルバイトを探さなきゃって思ってたのは事実だし。
「詳しく聞かせてくれ」
そう返した真白に表情を少し緩めた入江は話し始めた。
「俺の叔母夫婦が小料理屋みたいな店をやっているんだ。そこで働いていた主力のアルバイトが留学するとかで辞めちゃってな。大学で良さそうな奴がいたら連れてこいって言われてるんだ。募集をかけてもしっくりくる奴が来るとは限らない。大学1年生なら長く働けそうだしって。料理とかできなくても構わないから、俺の感覚で良いと思った奴に声かけて来いって」
なるほど。入江はスカウトか。
色々と聞きたいことが沢山あるが、大事なことをまずは聞いてみる
「待遇と仕事内容、働く頻度を聞いていいか?」
「シフトは10:00〜22:00の間で組まれる。時間は応相談だが、マスターは…いやシフトを組んでいるのは叔母なんだが、断じて学生に無茶を言う人間ではないのでそこは安心してほしい。営業時間は11:00〜21:00。飲食店はランチタイムとディナータイムでインターバルを置くのが主だが、叔母の店はぶっ続けでやる。日向くんは平日だと大抵夕方までは講義があるだろうから基本午後以降になるだろう。土日はオープンから入ってもらうことがあるかもしれない。時給は1,200円から。基本ラストの片付けは叔母夫婦がやるが、残業を頼まれる時もある。だがあくまでも任意だ。その場合時給に加えて残業手当が入るが、俺は高校生だったから20:00で帰宅していたから具体的な金額は分からない。面接で聞いてくれ。休憩は入れるタイミングでマスターから指示がある。どれだけ忙しくても必ず規定の休憩時間は確保してくれる。仕事内容は基本ホールになるだろう。案内から注文を取る、配膳、会計などだ。調理関係は全てマスター夫婦がやる。土日のどちらかを含めて週に3日ほど入ってもらえると助かるそうだ。どうだろうか?」
ペラペラと話し終わった入江は今しがた到着したアイスティーを飲んだ
「俺は20:00で帰っていたって事は、入江くんは働いていたのか?ちなみに店の名前は?」
真白の前にあるジンジャーエールが入ったグラスの中で氷がカチリと音を立てた。
「母と共に手伝いという事で始めたんだが、仕事が楽しくてな。週に1、2回働いていた。おかげで精神的に凄く成長できたと思う。店名は宵の明星だ」
それを聞いた瀬尾が飛び上がる
「知ってる!!行ったことあるよ!あそこめちゃくちゃ美味しいんだよ。お店はこぢんまりしてるけど、アットホームですごく好き。お店の人もすごく面白くてね。入江くんのご親族だったんだ。真白くんそこで働くの?私絶対行くよ!!」
興奮して身を乗り出して大絶賛してくるのを見る限り、店の主たちは悪い人ではないのだろう。
「こちらもアルバイトを探していたから願ったり叶ったりだ。でも俺でいいのか?初対面だぜ」
一番気になるところを聞いてみる
「当たり前の事を当たり前にできる奴。それがマスターと叔母から言われた条件だ。今日の振る舞いはまさにそれだった。ツアー駐車場の周囲の人への気遣いや、食事後に先輩方に礼をしていたのを指摘した時に君は、何でそんな事を聞く?という反応をした。その行動が当たり前なんだ。今は、いただきますとご馳走さまが言えない奴が多いんだと。叔母夫婦は俺の日常生活の先生みたいな感じなんだ」
悪い条件じゃなさそうだし、まずは面接を受けてみようかなと思った
「ありがたい話だ。是非紹介してもらいたい」
そう言うと、真顔で入江はつづけた
「今日中に先方から日向くん宛に連絡するように伝えよう。まずは連絡先を教えてくれないか?あ、先方に伝えても問題はないか?付け加えるが、採用を約束しているわけではない。あくまでも決めるのは叔母夫婦だ」
スマホを準備する入江に、
「問題ない。よろしく頼むよ」
そう返して真白は手を差し出した。入江は一瞬だけ目を丸くして、嬉しそうににっこり笑うとその手をガッチリ掴んだ。
「ああ、採用されたら店を頼む」
凄い握力だなと思ったが、握手ってのはやるからにはガッチリ握るもんだ。と思う真白は好印象をもった。
「ねえ、日向くん!決まったら教えてよ!」
瀬尾はそう言ってSNSのQRコードを画面に出したスマホを差し出してきた。
「はい。その際には連絡します。それでは今日は用事ができたのでこれで失礼します」
そう言って席を立つ真白に2人も続いた。
桜田が来ることは誰も覚えていなかった。




