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真白のキャンバス  作者: フジ


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6/23

歓談

歓談タイムが始まり、参加者は皆ワイワイと食事を楽しんでいた。


「なあ、名前聞いていいか?」


大盛りのカツ丼を頬張りながらニコニコして話しかけてくる入江は、数分前まで行われていた"自己紹介"ってやつを全く覚えていないらしい。


「入江くん、わざわざ時間を設けたのに何も聞いていなかったのか?」


桜田に当たり前のことを、当たり前の文言で咎められると、


「すみません!桜田先輩!以後気をつけます!」


いきなり立ち上がって頭を下げた入江に参加者一同唖然とするも、皆すぐに歓談に戻っていった。


桜田は苦笑いしつつも、続けてくれと言わんばかりに肩をすくめている。先輩風を吹かしたかった彼にとっては入江のこの反応は結構刺さったらしい。助っ人の瀬尾に至ってはカツカレーとに夢中でこのやりとりを全く聞いていない。ニコラは食い意地が張っている彼女をタダメシを文字通り餌にして釣り上げたのだろう。


「日向真白。経済学部。改めてよろしく」


「俺は入江 蒼(いりえあお)。こちらこそよろしく。1人で参加したのが日向君と俺だけみたいで話し相手がいなくて寂しかったんだよ。ほら、俺人見知りだから。それに勇気を出して話かけてもみんな緊張してるからよそよそしくてさ」


お前が人見知りかどうかなんて知らないけど、よそよそしいのはその風体を警戒してだと思うぞ。という言葉を味噌汁と一緒に飲み込み、ん?この味噌汁美味いな…なんて真白の思考が入江から味噌汁に移りかけていたら、


「君の見た目がいかつ過ぎるからだろう。どう見てもアウトローのそれだぞ。昔からそんな感じなのか?」


そこにいる全員が気になって…瀬尾以外全員が気になってることを桜田に聞かれた入江は、


「いかついっすか?いやー、初めて言われたっす!

師匠に髪が長いと書道の際に邪魔になったり、作品に落ちたりするとご指摘頂きまして坊主にしました。大人っぽく見えるかと思って髭を生やしたっすけど似合わないっすか?父には空手をやる上でも好ましいって褒められたっすけど。あ、父にはガキの頃から空手を教わってるっす!」


顎髭と空手の関係に疑問を感じなくもないが、空手はおろか武道の嗜みはかけらもない真白はそこには触れないようにした。


他の面々は苦笑い。あー、全く手がつけられないタイプだ。なんか話がずれてるし、得体の知れない人間にはあまり関わらないようにしよう。という空気が満ち始めたとき、


「あははは!君ウケるね!是非うちのゼミにおいでよ!ピアノと空手ね!芸術と武道!めっちゃいい組み合わせじゃん!」


何を聞いていたんだこの人は。あ、そうか。何も聞いてなかったんだな。


そんな呆れた目で皆が見つめる先では大盛りカツカレーを完食し、水を飲み干した瀬尾が楽しそうに笑っていた。


そして嵐が吹き荒れ始めた。


「瀬尾。君は何を聞いていたんだ。ピアノじゃなくて書道だ」


桜田がそう咎めていると、


「いえ!似たようなものです!自分に興味を持ってくださりありがとうございます!」


似たような?


「個人的には空手と顎髭の関係の方が気になるのだが。残念ながら私には武道の心得はない。そこを是非詳しく…」


桜田、お前もそこが気になるか。ナイスだ!


「私はピアノより書道の方が便利だと思うよ!字が綺麗だとカッコいいじゃん!ピアノなんてほとんどの人には駅中ピアノくらいしか披露するチャンスがないし!」


瀬尾、お前は世界中のピアニストを敵にしたぞ。


「自分はピアノが弾けたらいいなって思います!音楽は好きなんす。特にクラシックが好きなので、ピアノが弾けたらもっと楽しくなるかなと」


ク、クラシック?いや、悪くないけど、え?


「それよりも瀬尾。彼を勧誘するのは結構だが、彼が入るのは来年だぞ」


それよりも?どれよりも?あの爆弾発言をスルー?


「でも先生喜ぶよー!クラシック好きだし!」


いや、だからこいつがやってるのは書道だ。


「クラシック好きの教授がいらっしゃるのですか!是非お会いしたい!ゼミ以外に講義はしてらっしゃらないのでしょうか?自分はショパンが好きなんす!書道と響きが似ているところが!」


意味不明だが、彼が言っているのは音楽の話ではなく、字の並びの話だろう。しかも、ショだけ。あー、こんな意味不明なことを理解できる自分が嫌だ。


「確かにショパンの作品は聞いていると何となく和の雰囲気に通ずるものがある。気がしてきた」


桜田、お前は本当にショパンの音楽を知っているのか?


「ねぇねぇ、入江くん!この後部活だから沢山食べるって言っていたけど、書道ってそんなにカロリー消費するの?空手なら分かるんだけど」


瀬尾。そこはしっかり聞いていたのか。でもそれは良い質問だ!


「はい!自分が大学から始めるのは、パフォーマンス書道っす。でっかい紙に、でっかい筆で体全体を使って全力で書くっす!描くと言った方が良いかも知れないっす!だから疲れるっす」


あ、この会話が始まって初めてまともな打ち返しを見た気がする。


「そうか。で、空手と髭の関係は…」


桜田ーーー!!悪い方向に軌道修正するな!!


何てやりとりが前と横と斜め前で繰り広げられている。


あー!もう。息つく暇がない!照り焼きが食えない!味噌汁しか飲めてない!


何で桜田&入江はこの嵐の中でしっかり食事をしてるんだよ!


大学生活も高校までと同じようにヌルッと終わるかと思っていた。


スカスカの人付き合いからやっと解放されたから、今後は他人と関わるのも最小限にしようと思っていた。


でもこの嵐がそんなちっちゃな感情を吹き飛ばしてくれた。


しようもない会話を聞いて、そのせいで冷めた照り焼きを食べる羽目になってるだけなんだけど、なんかちょっぴり楽しくなってきた。


真白が選んだ席は当たりだったらしい。


「盛り上がっているところ申し訳ないが、混んできたようだ。そろそろお開きにしよう。ご参加頂きありがとう。みんなの学生生活が実り大きものになるよう願ってやまない。では、気をつけて帰宅してくれ」


あの後は真白と入江は取り止めもない会話を続け、桜田と瀬尾は他の参加者からの講義や単位についてなど、大学生活を送る上での質問に丁寧に答えていた。皆有益な情報を得られたようでホクホクした顔をしている。


桜田の締めの挨拶でツアーは終了し、参加者は仲良くなった者同士でワイワイ帰っていく。真白も出口に向かおうとすると、出口とは逆方向の食器返却口付近で学食のスタッフと何やら話している桜田と瀬尾の元に向かう入江の姿が目に入って無意識に足を止めた。


桜田は2人と一言、二言話したら、ぺこっと頭を下げてこちらに向かってきた。


「日向くん。まだ食い足りないのか?」


真顔でそう尋ねてくる入江に自然と言葉を返していた。


「いや、そうじゃないけど。何話してたの?授業の事とか?」


「いや。今日のお礼をな」


「そうか。律儀だな」


「日向くんは先に言っていたじゃないか。席を立った時にさりげなく伝えていたのを見てたぞ」


「そうだったっけ?まぁご馳走になったし、何から何まで手配してくれてたみたいだし」


「だな。まぁ食べる前にみんなで挨拶したし、サッと帰った奴らを悪くは思わない。けど、俺は君に好感を持ったんだ」


ストレートな物言いをする奴だなと思った。でもちょっぴり引き気味の真白は、


「そ、そうか。まあ今日は楽しかったな。またどこかで」


と言って踵を返したが、


「日向くん。今から時間はあるか?ゆっくり話しをしたいのだが」


おう?


「いや、え?話す?」


今日が初対面のやつにクッションを挟まずにいきなり話があるなんで言われりゃ老若男女問わず時が止まる。


「いいねー!それなら場所を移してカフェでも行かない?食後のデザート!」


瀬尾の甲高い声が響いた。


「行きます!な!カフェ行こう!」


真白のもやしみたいな腕を、入江の丸太みたいな腕が掴む。


「はい、決まり!桜田はどうする?」


「僕はこちらの精算と、事務局へ終了の報告を済ませてから向かうよ」


「はいよー。じゃ2人とも行こう!」


そんなこんなで真白は予定していなかったカフェに向かった。

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