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真白-ましろ-  作者: 格之進


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田坂の青春 3

3年生になった田坂は東や他の同学年のメンバーと共に冬の駅伝大会での全国大会入賞を目標に後輩を力強く引っ張っていた。あの日の事は忘れられないものの、今は仲間たちと一緒に練習に励んでいた。


夏のインターハイでは田坂と東は全国大会に出場して東は3位、田坂は6位入賞。全国大会には届かなかった他の部員も自己ベストを更新する活躍を見せた。


そして駅伝全国大会の都道府県予選が近づいてきた。


しっかりとメンバー入りした田坂と東。去年一緒に全国大会を走った同級生が順当に選ばれて、残り2枠は全国大会でスタート前の田坂をサポートした伊坂、加えて2年生のエースが選ばれた。


「戦略は今年も先行逃げ切り。田坂と東で勢いに乗って安定感のある3人がきっちり仕上げる。去年は勝てたけど、今年は他校もレベルが高いから気を引き締めていけよ。全国大会入賞とか言ってるけどまずはこの県大会。あと2週間体調管理もしっかりな」


尾白は改めて気を引き締めるようメンバーに釘を刺す。


それからメンバーに選ばれた面々は前を追う練習や逃げる練習など、尾白が考案した駅伝対策のメニューをきっちりとこなした。調子も良く、勝ちのイメージもできている。自信を持って最後の調整を行なった。


県大会当日になった。


前日のミーティングでは改めて先行逃げ切りという作戦の確認と、補欠やサポート、応援に回るメンバーから激励されて気合いも十分のメンバーは円陣を組んだ。


「「「「「さあ!行くぞ!」」」」」


大きな声を上げて各々の待機場所へ向かう。


「田坂、待ってるからな」


去り際に東が田坂の背中を叩いて呟いた。


田坂はコクリと頷いた。


スタートラインに並んだ田坂は妙な気分だった。


なんか地に足がついていない気がする。


体が軽いというよりは、ふわふわと安定していない感じ。


昨晩はよく眠れたのに、急に一夜漬けの後みたいに頭がボーッとしてきた。


走り出してもいないのに呼吸が荒くなってきた。


なんだ…これ…


その時、尾白の声が聞こえた気がしたが、なんて言ってるか分からない。


周りの動きに合わせてダラダラと構えて、周りが走り始めたのに合わせてスタートした。


頭が真っ白だった。





-尾白サイド-


「おい、田坂!おい!一回深呼吸しろ!おい!…やばいな…すぐに東のサポートに電話を繋げ!」


「はい!あ、繋がりました!」


「尾白だ。東に代われ。……あ、東!田坂がおかしい。間違いなく崩れてくる。何位で来ても焦らずに走れ。うちにはお前のところからでも十分戦えるだけの力がある。いいか?落ち着いて走れ。頼んだぞ!」


電話を部員に返した尾白は舌打ちをする。


(ちくしょう!私のせいだ!インターハイで上手く走れていたから完全に吹っ切れたと思っていた。だからあえてまた1区を任せた。しっかり走ることで昨年の嫌なイメージを払拭して欲しかったが裏目に出た…やっぱりトラウマになってやがる。完全にパニック状態だ)


「か、監督。田坂先輩は…」


「あ、ああ。大丈夫だ。そんなやわな鍛え方はしてねぇよ。1区のコース上に先回りしてるメンバーは誰だ?すぐに電話を繋いでくれ」


「はい!……繋がりました!」


「尾白だ。田坂が見えたら馬鹿みたいにでかい声で"東がなんとかするからとにかく走れ"と叫べ。ん?あぁ、ちょっとな。頼んだぞ。よしサンキュー。私たちは2区の中継所に向かう。田坂が心配だ」


「はい!」




-東サイド-


「田坂が…はい。分かりました。ありがとうございます」


「東先輩、田坂先輩に何かあったんですか?」


電話を繋いでくれた後輩が不安そうに尋ねる。


「田坂の様子がおかしかったらしい。何位で来るか分からないけど、ちゃんとケアしてやってくれ」


「はい!分かりました!私に任せて下さい!東先輩は心配しないで下さい!」


東は後輩の力強い言葉を聞いてフッと笑った。


(田坂、何位できても大丈夫だ。私がなんとかする。それに良い後輩が暖かく迎えてくれる。安心して走れ)


東は田坂がやってくる方向をチラッと見ると、すぐに踵を返してウォーミングアップを再開した。






ペースは全然速くない。むしろ牽制してスローペースで入っている。


しかし田坂は苦しんでいた。


最初は先頭集団の一番後ろに辛うじて付いていたが、2キロ過ぎからジリジリ遅れていく。


呼吸が上手くできない。足を動かそうにも力が入らない。目がチカチカする。何が起こっているか分からない。


(なんとか走り切らないと…誰か…助けて…)


言うことを聞かない体を必死に動かして、ようやくあと1キロという看板が見えた。


順位はもはや分からないくらいの下位。想定では間もなく中継所が見えて襷を握りしめてスパートをかけているはずだった。しかし、現実はフラフラで意識は朦朧、蛇行しながらも辛うじて走っている状態。


カーブを曲がったところで躓いた。


糸が切れたマリオネットのように転倒した田坂に周りの群衆がざわめく。


苦しくないのに呼吸が荒くなっていく。


膝がガクガクしている。それでも立ちあがろうとする田坂の耳に声が聞こえた。


「「「田坂先輩!東先輩がなんとかします!とにかく走って下さい!!」」」


思わず声が聞こえた方に目をやると、後輩達が泣きながら繰り返し叫んでいる。


(私があんな顔させたんだ…悔しい…悔しい…)


何とか立ち上がった田坂は両足を手のひらで強く叩いて、歯を食いしばった。


田坂の感覚では物凄いラストスパートをかけているが、実際はジョギングのようなペース。それでも膝から血を流しながら必死の形相で走る田坂に群衆から大きな声援が飛んだ。


東が見えた。


仁王立ちをして田坂を見つめている。


(ひがし…わたし…またやっちゃったよ…)


東が目の前にいる。何も言わずに笑顔で田坂を見つめている。


襷を握りしめた右手を差し出すと、


「よく繋いだ」


そう呟く東の声が聞こえて手の中から襷の感触が消えた。


走っていく東の後ろ姿が霞む。




結果は総合7位。


1区田坂のダントツの最下位から、後続のメンバーは力を尽くして巻き返した。が、やはり全国大会には届かなかった。


田坂は襷を渡した後、すぐに救急車で病院に搬送された。


過呼吸を起こしていただけではなく、転倒した際に受け身を取れなかったため、膝だけでなく腕から肩にかけても負傷。顔も打っていたらしく額に擦り傷。


霞む意識の中で尾白の声が聞こえた気がした。




-尾白サイド-


「どけ!監督の尾白だ!道を開けろ!下手に動かすな!転んだ時に頭を打っているかもしれない!田坂!もう大丈夫だ!私が来たからな!目を瞑って落ち着くんだ!」


田坂の頭の下に自分の上着を敷き、膝で固定して紙袋を口に当てた。


「田坂!もう大丈夫だからな!ゆっくりだ、ゆっくり息をしろ。安心していい!私が一緒にいるからな!」


田坂が紙袋をどけて、過呼吸で荒くなっている呼吸の合間に口をパクパクさせて何か言っている。


く や し い よ


消え入りそうな声だったが、尾白にはしっかりと聞こえた。


「ちくしょう!!!」


声を絞り出して、そのまま意識を失った田坂の目から流れた一筋の涙を見た尾白は空に向かって叫んだ。






病院のベッドで横になっている田坂。


横には両親と姉、その3人に向かって深々と頭を下げている尾白が見える。会話内容は聞こえているが何にも頭に入ってこない。


もう辞める。


走ることを辞める。


田坂はそう決めた。


それから1週間学校を休んだ。



1週間後に登校した田坂は陸上部の面々に心配をかけた事を詫びた。グラウンドの横を通り過ぎて帰路に着く田坂の元に東がやってきた。


「東、練習は?東と伊坂は陸上続けるから引退後も練習参加するんでしょ?」


「私のことはいい!田坂、大学と実業団からの勧誘を全部断ったんだって?進路どうするつもりだよ?」


「幸い今の成績でも行ける大学がある。これまで勉強に力を入れてなかったから、大学ではしっかり勉強するよ」


田坂は淡々と答えた。


「走るの辞めるのか?」


横に並んだ東が恐る恐るといった口調で尋ねた。


「うん。もういいんだ」


その返事を聞いた東がハッとした顔で田坂を見た。


「田坂、あのな…私…」


「決めた事だから。じゃ、私は図書館で勉強してから帰るからまたね」


何かを言いかけた東の言葉に被せた。


東は悔しげに下を向くと、返事をせずに田坂に背を向けてグラウンドへと戻って行った。



それからも東を含めた陸上部のメンバーとは変わらぬ付き合いが続いた。大ブレーキをかました田坂にもメンバーは優しかった。それがまた辛かった。早く卒業したかった。


尾白とは何度も2人で話した。


"あれは私のせいだから走るのを辞めるな"


尾白の口から出るのは毎回その言葉だった。


"競技としてじゃなくてもいい、趣味でいい、だから走るのを辞めないでくれ"


"走るのを嫌いにならないでくれ"


尾白の気持ちは痛いほど分かった。


はい、考えてみます。


毎回その答えでお茶を濁した。が、


正直もう走る気はなかった。




田坂は第一希望の大学に進学した。


陸上部の同級生とはお互いの門出を祝いあった。


東とも卒業まで学校での付き合いは変わらなかった。




大学入学後は本当に全く走らなかった。


同居している姉には、


「たまには走って汗かかないと太るよー」


なんて茶化されたが、全く走りたくなかった。




ある日、姉に高尾山に行こうと誘われた。


高尾山口駅まで電車で行って1号路を登り、薬方院にお参りをして、また1号路から降りた。


久しぶりに体を動かした気がした。


歩きだったが、凄く気持ちが良かった。


「マルちゃん、外食して帰ろう。好きな店が近くにあるんだ」


外食はお金がかかるからと避ける姉にしては珍しいと思ったが、たまにはいいだろうと付き合う事にした。


高尾山口駅から歩く事10分ちょっと。


小洒落た定食屋の前で姉は足を止めた。


「ここだよ。宵の明星」

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