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真白-ましろ-  作者: 格之進


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田坂の青春

その日も田坂は目の前の背中を追いかけていた。


田坂の地元は山林と畑や田んぼが土地の大半を占めている田舎だ。田坂はそんなのんびりとした町にある高校の陸上部に属していた。


陸上部は基本的に男子と女子に分かれて活動をしており、それぞれ監督も違う。女子の監督の尾白(おじら)は実業団で長距離選手として走っていた経験がある陸上長距離の第一人者。大学時代に陸上強豪校で研鑽を重ねてきた尾白は、中・短距離やフィールド競技の選手と共に過ごしていた事もあり、その人脈を駆使して勉強をした彼女は豊富な知識を有しており、全ての種目の指導に定評があった。


「いいぞ田坂!いいペース!東(ひがし)に着いていけよ!ラスト2周!」


その日は近くにある陸上競技場で2,000mのタイムアタックを2本。息を荒げながら前を走る女子を追う田坂。その目はギラギラと輝いていた。


今は初出場を決めた高校駅伝の全国大会に向けて練習を重ねている。田坂と同じ強度で練習をこなせるのは東という同級生のみ。そして田坂はいつも彼女の後ろを走っていた。


「ラスト一周!田坂、遅れるな!ここで我慢だぞ!いいぞ東!もっと上げろ、もっと上げろ!」


東が最後の力を振り絞ってペースを上げる。田坂が遅れていく。そのままゴール。


「はい、お疲れ!2人とも設定クリアだ。よくやった!息を整えたらゆっくりジョグしろよ」


グラウンドにぶっ倒れている2人に監督が声をかけた。


空を仰いで酸素を貪る田坂の耳にバタバタと足音が聞こえてきた。2人に少し遅れて後続の選手がゴールしたのだ。お疲れ!よく頑張った!という監督の声がする。尾白は走っている時には厳しく煽りまくるが、走り終えたら出来に関わらずよく褒める。


「はい、次の組。並んで」


尾白の号令で次の組が走り始めた。


「田坂、お疲れさま。ジョグいくぞ」


まだ荒い息を整えながら東が立ち上がり、まだ倒れ込んでいる田坂に声をかけた。


「ちょ、ちょっと待って…あと1分」


「先に行ってるよ」


そう言って東はトラックの内側を時計回りに走り始めた。尾白のやり方で、アップとダウンはトラックを逆方向に走り、筋肉や関節への負荷のバランスを取るようにしている。


はぁ…敵わないな…


田坂は小学生の時から走るのが大好きだった。中学に入ってからは陸上部で研鑽を重ね、中学3年生の時には1,500mで県大会2位。全国大会でも入賞を果たした。タイムも4分35秒という記録を叩き出し、地元は大いに沸いた。


中・長距離に適性を感じていた田坂は県内にある駅伝の強豪校に入学した。


元より同級生とはレベルが違った彼女だが、入学して半年で上級生も凌駕する力をつけ、ポイント練習は同じレベルの選手で少人数で組ませる監督の方針もあり、田坂はエース級の先輩達と同じメニューをこなしていった。


その精鋭の中にいた田坂以外の唯一の一年生が東だった。彼女は他県から入学した上に、通っていた中学に陸上部がなかったため実績もなし。その力は未知数だった。どうやら小学生の頃からバスケットをやっていたらしく、特に彼女が通っていた中学のバスケ部は練習でめちゃくちゃ走らせる方針だったらしい。だから体力には自信があります。という新入部員挨拶での東の言葉に、陸上部で一生懸命走ってきた田坂は舐めるなよと思った。


しかし初めて東の走りを見た田坂は驚愕した。


新入生の実力を見るための1,500mのタイムアタック。新入生に練習すればこれだけ走れるようになるという事を見せるため、上級生もみんな本気で走ることが決め事となっている。


いつもは男女別で練習をするが、この時だけは男女混合で何組かに分かれて走る。1組目を走った田坂は女子のエースとの最後までもつれたデッドヒートの末、女子2位となってみんなを驚かせた。


どんなもんだ。と思っていた田坂。しかし、その後に見た東の走りがそんな自信を叩き潰した。


東の走りはペースなんか度外視した無茶苦茶なものだった。


スタートしてすぐに男子の上級生の後ろをとり、1周目からすごい形相で歯を食いしばって喰らいついていった。ありゃ無茶だと言う声が聞こえたが、彼女は2周目の後半まで男子のエースが引っ張る先頭集団に着いて行った。それから大失速してタイム自体は田坂より遥かに遅かったが、走り終えてからの彼女の発言が田坂に衝撃を与えた。


もっとペース配分を考えたら良いタイムが出たかもね。と女子のキャプテンにアドバイスをもらった東は、


「ありがとうございます。でも年に一回しか本気の男子と走れるチャンスはないみたいですから。どこまで付いていけるか試してみたくて」


田坂も男女混合で走るのはこの日だけというのは聞いていた。しかし、男子の上級生に挑むなんて考えもしなかった。陸上経験なしの素人だから、今走ったら田坂は負けないだろう。でも、彼女のポテンシャルは計り知れない。走り方を覚えたらすぐに追い抜かれると田坂の直感が告げた。それは見事に当たり、3ヶ月後の1,500mタイムトライアルで田坂は負けた。それ以降、東は常に田坂の前を走っている。


そんなライバル関係の割に、田坂と東は仲良しだった。2人はお互いを煽りまくって研鑽を積み、練習以外の時間はいつも一緒の親友だった。


2人は1年生にして秋に行われた県の駅伝大会にメンバー入りして、東は区間2位、田坂は区間4位と大活躍。2年生になっても2人の勢いは収まらず、夏の県インターハイ3,000mで東は優勝、田坂は3位。その秋の駅伝では2人とも区間賞を獲得。2人に触発された他のメンバーも力をつけており、チームとしてもついに10年連続で優勝していた絶対王者を破り初優勝。全国大会出場を果たした。


田坂たちは全国大会出場常連校を驚かせてやると気合い十分。大会までもあとひと月を切り、一番ハードに追い込む時期にきていた。


「東は本当にラストが強いね」


追いついてきた田坂にそう言われた東は、


「私は短距離走も自信あるからね。でも10キロ以上の長距離の走り方なら田坂の方が上手いと思うよ」


「3,000mしかないからなぁ。あ、ガンバ!ガンバ!」


「我慢!我慢だよ!集中!集中!ま、何はともあれ今は冬の駅伝だ。今日メンバーと区間発表だからね」


2組目のメンバーを応援しながら今日が特別な日だと思い出す。


今やっているタイムアタックはメンバー選考レースなのだ。


学年は関係なくここ3ヶ月で行われたタイムアタックの持ちタイムが一定以上の選手が対象で、今行われている2,000m日本の合計タイムが速い者から順に駅伝メンバーに内定する。この選考方式は尾白の方針で、駅伝前には毎回行われており、学年関係なく速い者が出ると言う平等なやり方は今では男子の選考にも採用されている。


今回は2組に分かれてタイムアタックを行っているが、田坂と東の2人はほぼ確定している。今日のタイムアタックでもこれまでの大会での実績でも文句なしの力を見せているからだ。しかし他のメンバーは違う。あと3枠を巡る争いは激化しており、表面上は仲の良いメンバーだがこの1週間はチーム内にピリピリした空気が満ちている。3年生の県大会優勝メンバーと2年生の補欠だったメンバーが候補になるはずだが、田坂や東と一緒に1組目を走ったメンバーのタイムはもう出ている。それを破るべく、2組目では残りのメンバーが懸命に競り合っている。


周りではみんなが大きな声で檄を飛ばしている。その中には先に走ったメンバーも含まれていた。1番複雑な気持ちだろうに、表面上だけではなく心からの声援を送っている。1組目が走っている時には今走っているメンバーが同じ事をしていた。本当に良いチームに入ったな。田坂はこのチームが大好きだった。


「ラストだぞ!まだ出し切ってないだろ!ぶっ倒れてもいいから搾り出せ!腕をふれ!脚を動かせ!」


尾白のでかい声が響く。


最初から最後まで先頭で競り合った3人がほぼ同時にゴール。そのままぶっ倒れた。


田坂と東は水を持って3人の元に向かった。


「お疲れ!ナイスラン!」


「出し切ったね!カッコよかったです!」


駆け寄ってきた2人から声をかけられた3人は、やり切った笑顔で、


「「「あ、ありがとう!」」」


そう叫んだ。


そのあと他のメンバーもゴール。2人は水だけ置いて、他のメンバーの元へ声をかけに向かった。


みんなキツい練習、メンバー入りするかしないかの狭間の戦いをやり切った達成感に満ちた顔をしている。


一体感に満ちた空気。そんな中、尾白の声が響いた。


「2組目のメンバーのダウンが終わったら全員集合。メンバー発表だ」

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