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真白-ましろ-  作者: 格之進


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田坂の過去

「私の通っていた高校は県内屈指の駅伝強豪校だったの。中学で結果を出していたから、県内外の幾つかの学校から誘いをもらったんだけど、その高校は実家から通えたのと、監督がすごく魅力的でね。すごく強いんだけど毎年全国大会まであと一歩が届かないっていう学校だったから、私が頑張って全国大会に行ってやるって」


田坂は話し続けた。そして真白は口を挟まずに聞き続けた。


中学生のレベルでは頭ひとつ抜けていた田坂は入学してすぐに長距離メンバーの主力に名を連ねた。しかし上には上がいる。どうしても敵わない同学年のライバルもできて、厳しい練習も切磋琢磨しながらこなしていった。


1年生にして秋の駅伝大会県予選のメンバーに選ばれて大活躍。優勝には届かなかったが、10年近く県大会を無双している絶対王者を最後まで苦しめた。


2年生になると、田坂は県内外から注目される存在になった。インターハイ県予選で入賞。全国大会でも入賞まで後一歩だった。


田坂の活躍に触発された他のメンバーも力をメキメキ付けており、その年の秋の駅伝県予選ではついに絶対王者の牙城を崩し、初優勝を果たした。田坂は区間賞をとる活躍でチームを牽引した。


ここまで順調に駆け抜けてきた田坂。悩みも迷いもなかった。もちろん悔しい思いや苦しい思いはした。だが、大好きなチームメイトと支え合って乗り越えてきた。全国大会でこのチームで旋風を起こしてやるとやる気に満ちていた。


実際調整はうまくいっていたと思う。1区を走るのは初めてで緊張はあったが、監督のマネジメントも非常にうまく、田坂だけでなく他の部員も本番でしくじる事はほとんどなかったから安心もしていた。



いよいよ全国大会当日。仲間たちと気合いを入れて、サポートをしてくれる同級生とスタート直前までバカ話をしてリラックスできていた。しかし、スタートラインに立った時に、周りの雰囲気が今まで経験したことがないほどピリピリしている事に気付いた。みんな目が殺気立っている。


目を閉じて呼吸を整える者、空を見つめて気を落ち着けている者、入念に脚を伸ばしている者、田坂の隣の選手は胸の前でギュッと握りしめた両手が震えていた。雰囲気に飲まれる前に号砲の時が来たのは幸いだった。


最初は順調に走っていたが、中盤からの駆け引きに着いていけなかった。体が全く動かない。そんな事初めてで、どう対応していいか分からずパニックになった。そのままズルズル順位を下げて気付いたら30位以下。立て直すこともできず、結果は区間33位。以降のメンバーが奮闘し、チームとしては12位と初出場にして快挙とも言える成績を残したが、田坂は大ブレーキをかましてしまった。


チームメイト達の支えで立ち直った田坂は、来年こそはと練習に励んだ。インターハイでは県大会だけでなく全国大会でも素晴らしい成績を納め、進路に関しても大学や実業団から声がかかるような選手になった。


しかし、夢は叶わなかった。


秋の駅伝県予選で再び1区を走った田坂はまさかの区間最下位。本人も気づいていなかったが、昨年のブレーキがトラウマになっていたらしく、スタートラインに立った時点で頭が真っ白。途中で過呼吸を起こすほどにパニック状態になってフラフラのボロボロでなんとか襷を繋いだ。


田坂の失速が響いたチームは総合9位。チーム一丸になって目指した全国大会入賞の夢は露と消えた。


監督は自分のミスだと田坂を庇った。チームメイトも誰も田坂を責めなかった。それが田坂の心を殺した。


田坂は責任感が強すぎた。


中学までは駅伝というチームスポーツでここまで重圧を背負うことがなかった。全国大会なんか夢のまた夢のレベルの学校だったから自分が引っ張らないとなんていう気持ちはなく、みんなと楽しく走っていた。だが高校に入学してそれは変わった。みんな学校生活の全てを競技に賭けている。個人種目はまだいい。しかし、駅伝に賭ける意気込みが中学の時のチームの比じゃない。メンバーに選ばれるためにみんながどれだけ努力をしているか、選ばれなかった者がどれだけ悔しがっているか目の当たりにした田坂は、彼女たちの思いも背負った。


それは至極当然のように聞こえる。が、田坂の場合は失敗した時が問題だった。彼女は自分を責めすぎた。


全国大会での大ブレーキの後、監督だけでなく、チームメイトや本人も吹っ切れていたと思っていたが、そうじゃなかった。


あれをまたやったらどうしよう。もう次はないよ。この調整で本当にいいの?。またみんなに迷惑をかけてしまうかも…。


3年生秋の駅伝大会本番が近づくにつれ、知らず知らずに彼女の胸にそんな思いが満ちていき、スタートラインに立った時にそれが一気に吹き出した。


身も心もズタボロになった田坂は陸上を辞めた。


監督もチームメイトも留意したが、最終的には田坂の意思を尊重してくれた。


高校を卒業した田坂は大学に進学し、姉と共同生活を始めた。


学業に励んでいた田坂だったが、アルバイトをしてお小遣いくらい稼がなくてはと思っていた矢先に姉に誘われて高尾山に登った。運動らしい運動は高校卒業後初めてだったが、すごく気持ちが良いものだった。その帰り道に寄ったのが宵の明星。


「お店に入ったらびっくり。高校の時の監督がいたの。お姉ちゃんに連絡を取って待ち合わせたんだって」


当時宵の明星で働いていた従業員の1人は、田坂の監督が大学時代に陸上部に所属していた時の後輩だったらしく、監督もよくこの店に来ていたらしい。


その後、何故か監督の後輩だという従業員も混じって皆んなで食事をした。詳しい内容は覚えていないが、陸上を再開しろではなく、この店で働けと言われた。元々アルバイトを探していた田坂は渡りに船とその場で承諾。マスター夫婦も田坂達の食事の様子を見ていたらしく面接なしで採用してくれた。


それからのアルバイトの日々は全てが新鮮だった。


「ある日灯さん達にハイキングに誘われてね。ついて行ったの。みんなでお喋りしながら歩いて、いい景色見て、美味しいお弁当食べてすごく楽しかった。そのうちにトレイルランに誘われてね、すごく悩んだ。もう走らないって啖呵切ったのに、体を動かしてるうちに走りたい気持ちを抑えられなくなっていて。でも私なんかが走る資格あるのかって。みんなの夢を台無しにして、みんなが後押ししてくれてる陸上選手としてのキャリアを無視して…今更走りたいなんて虫が良すぎる気がして」


そんな時に高校時代のチームの中で特に仲が良かった友達から連絡がきた。彼女は実業団で陸上を続けている。久しぶりに会おうと言われた。


田坂が食堂で働いていると知った彼女はその店に行きたいと言った。ちょっぴり照れ臭かったが、宵の明星は大好きだし、自慢したい気持ちもあり承諾した。


当日は近くの大学で陸上を続けている友達も参加してくれた。3人で食事をしている時の会話は今の生活についてだった。シンプルな学生生活をしていた田坂にとって、2人の生活は刺激的に感じた。それ以上にいちいち過去の思い出話をすることなく、前だけを見ている2人に尊敬の念を覚えた。


2人から近況を聞かれた田坂は、恐る恐る自分の話をした。里山ハイキングから始まり、最近は登山にハマっている事。トレイルランに誘われていること。そして走りたい気持ちを抑えられなくなっている事…


2人は号泣して喜んだ。


1人はすぐに高校時代のチームのメンバーに"田坂復帰!!"とメッセージを送った。


すぐに返事が鳴り止まないくらい帰ってきた。


"やったー!"


"戻ってくると信じてた!"


"会いたいよ!田坂ちゃん!"


…


みんな歓迎してくれた。


その瞬間に田坂は誓った。


今度は中途半端にしない。


行けるところまで行ってやる。


みんなに私の活躍が届くように。


「それから灯さんとマスター、浅川さん、それから当時働いていたアカネちゃんに指導してもらって今に至る」


田坂の過去はよくありがちな挫折に聞こえた。


しかし、よくありがちだが、真白の周りには自分も含めこんなに何かに対して真摯に向き合っている者はいなかった。


責任感が強すぎた故の苦しみ。それはいまでも完全に癒えているわけではないだろう。しかし、田坂はその痛みと引き換えに今の生活を手に入れた。そして現在進行形で前へ前へと進み続けている。


「田坂さん、俺も田坂さんほどじゃないですが、真剣にこの競技に向き合っていこうと思います。ご指導よろしくお願いします」


「まぁあまり気張らずに。私みたいになるよ。さああと半分だよ。脚は大丈夫?」


「はい!まだまだいけます!」


「よーし!あそこで折り返し!頑張っていこう!」


「はい!」


夏の朝、河川敷で見上げた空は雲ひとつない蒼だった。

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