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真白-ましろ-  作者: 格之進


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練習開始

宵の明星での食事会では、ニコラが餅を喉に詰まらせて七転八倒しただけでなく、きちんと実りある話もあった。


その一つが秋のトレイルランニングの大会に向けての練習計画だ。


「基本的には今と同じでいいと思うの。でも日向くんは一回で走る距離をもう少し伸ばさなくちゃいけない。今まで一番長く走ったのは何キロ?」


そう言って灯は口いっぱいにうどんを頬張ってモグモグと咀嚼する。


「そうですね…高校のマラソン大会で走った30キロです」


あれはキツかった。富士山麓のアップダウンしかない道をひたすら走る。マラソン大会のあとは3日くらいまともに歩けなかった。


「うーん。今それくらい走れる?」


田坂が少しだけ眉間に皺を寄せて聞いてきた。


「走れるとは思いますが、次の日が大変な事になるかと思います」


遠慮がちに言う真白に田坂が続ける。


「それじゃあ基本は今と同じで5キロ〜10キロのジョギング。それに追加して週に一回は20キロ走を入れよう。コースはまた教えてあげるから。できるだけアップダウンがあるコースね」


「はい。がんばります!」


走る距離を伸ばさないといけないとは浅川も言っていた。


「8月末に甲斐駒ヶ岳に行くでしょ。それまでに20キロは余裕をもって走れるようになっている事が理想だね。暑いから早朝がいいよ」


そう言う灯も夏場は仕事前、休日問わず朝早くに走るようにしているらしい。


「まぁ詳しい練習メニューは近いうちに一緒に練習して話そう。そうだな、明後日の朝とか空いてる?」


田坂がスマホでスケジュール帳を開きながら聞いてきた。


「はい。明後日なら講義が午後からなので午前中でしたら空いています」


真白も同じくスケジュール帳を確認した。


「じゃ朝7時に甲州街道と町田街道が交わる交差点の浅川側で待ち合わせ。看板がいっぱいある所。20キロ走るから水も持ってきてね」


「分かりました。よろしくお願いします」


そんな流れで田坂と朝練する事になった。


宵の明星からの帰りに、マスター夫婦や田坂といつもの箇所で別れたあとニコラが言っていた。


「練習メニューとか本格的な陸上の話であんなに饒舌な田坂ちゃんを見たのは久しぶりだったよ。すごく楽しそうだった」


実力があるだけではなく。あんなに走ることが好きそうな田坂がなんで陸上競技を辞めて趣味でトレイルランニングをやっているのか。強豪大学や実業団からも声がかかっていたのに何故急に辞めたのか気になった。



それから2日後、田坂との練習の日がやってきた。真白は早めに起きて朝食を摂り、トイレもしっかり済ませて準備万端で待ち合わせ場所に向かった。日差しは強いが、まだ茹だるような暑さではない。とはいえ、待ち合わせ場所に着く頃には汗ばむくらいの気温ではあった。田坂に言われた通り水を持参するにあたり、真白はリュックを背負ってきた。手で持って走るよりも楽だと思ったから。


真白が待ち合わせ場所についてすぐに田坂が走ってきた。


淡いブルーのTシャツに、黒の短パン、白いランニングキャップにサングラスをかけている。水はトレイルランニングに使うソフトフラスクにハンドバンドがついたものを持って走るようだ。あれなら走る時にも邪魔にならないのかもしれない。用具に関しては真白にとって新鮮なものばかり。毎回毎回が新しい発見の連続で興味が尽きない。


「お待たせ。今日はアップダウンはないけど、距離を稼ぐ練習だよ。河川敷を往復して20キロ走るよ。ゆっくりだから心配しないでね」


田坂は走ってきたペースを少し緩めると、止まることなく河川敷に向かって走り始めた。


「はい。よろしくお願いします」


真白もそれに続く。


「真白くんが距離走をするにあたって目安にするペースは会話をしながら走れるくらい。普段のジョギングと同じくらいか、少し遅いくらいかな。スピードを出す事よりも、最初から最後まで止まらない事とペースを変えない事を意識して」


「はい。割とゆっくりでいいんですね。もっとゼーゼー言うくらい追い込むのかと思っていました」


キツい練習を想像していた真白はホッとしたけど、ちょっと拍子抜けの気持ちもあった。


「まだそういう練習ができるほど体が出来てないから、そんなのやったらすぐに怪我しちゃうよ。まずは長く動き続ける脚力と体力をつける。真白くんが言うキツい練習はそのあとだよ。焦らない焦らない」


「はい。確かにこの間日向山に行った後は長く動いたからか筋肉痛になりました。浅川さんや灯さんはどこも痛くないとの事でしたが」


「でしょ。それが筋持久力の違い。2人は日頃から距離走をやっているから長く動く事に耐性がついているんだよ。トレイルランニングをするならそれは凄く大切でね、スピードや心肺機能は年齢とかで限界があるけど、持久力は年を経ても伸びるの。だから特に長距離を走る強いトレイルランナーはスピードのある若手よりも比較的経験値豊富なベテランが多いんだよ」


田坂はまだ若手に入るのだろうが、陸上経験があったとはいえ、トレイルランニングを始めた頃は灯に敵わなかったという。


「トレイルランニングをするなら山を走る練習が一番大切だけど、それと同じくらい無理のないペースでの距離走が大切なんだよ。私は毎週1回は長く走る練習をするんだけど、トレイルとロードを交互にやるようにしているんだ。あとは週に一回はゆっくり休むこと。休むのって凄く大切なんだよ」


ぴょこぴょこポニーテルを揺らしてテンポよく走りながら話している田坂。全く息は乱れていない。


「ペースは速すぎない?」


真白を気遣う余裕すらある。


「はい。これくらいがちょうど良い感じがします。いつものジョギングよりも少しだけ遅いくらいです」


まだまだ余力たっぷりな真白。誰かと走るって楽しい。美人な田坂とだからというわけではない。


…多分。


「真白くんはなんでニコラちゃんが私が陸上やっていた事を話しちゃったのをあんなに気にしていたか知らないんだよね?」


いきなり話が変わった。


ハッとした顔で田坂を見た真白。田坂は真面目な顔で前を見据えている。


「はい。田坂さんが途中で陸上を辞めたという所までは聞きましたが、理由とかは全く聞いていません」


「今日練習に誘ったのはそれを話そうかなと思って。宵の明星のみんなは知ってるし、隠す事じゃないし、もう吹っ切れたから」


声は明るい。重い話をする様子はない。


「聞かせてください。凄く気になっていました」


「うん。自慢じゃないけど私は子供の頃から足が速かったの。短距離も長距離も。男の子にも負けなかった。走るのが大好きだったの…」


いよいよ真白は田坂の過去を知る。

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