ファイナルアンサー
18時30分ぴったりに本日最後の講義が終わった。
とりあえず家に帰ってひと休みしたあと、20時過ぎくらいに家を出るとして…
結構腹が減ってる…
何か軽いものでも買って帰ろうか。そう思ったが、家にはこの間買ったチョコパイがあったな。外食という出費も控えているし、売店の軽食などの誘惑に負けぬよう早いところ帰ろうと足早に駐輪場に向かった。
この時期は一年で最も日が長い時だ。間も無く19時のこの時間になってようやく暗くなったと実感する。帰宅する他の学生も早く家に帰るというよりは、このまま遊びに行きたいというような雰囲気。日の長さは人の活動時間を長くする。それが残業時間を延ばすのではなく好きな事をする時間を増やす事になっていればいいなと思った。しかしひとりの時間を好む真白は、将来社会人として働く事になっても、仕事後に「まだ日も高いから一杯やってこうぜ!」なんて事にはまずならないだろうが。
今日は宵の明星で何を食べようか。原付に跨って大学を出た真白は帰宅ラッシュの渋滞をメニューを決める時間に充てるという有意義な使い方をして家路についた。
部屋に入るとムワッとした空気がまとわりついてきた。真白の部屋は2階建てアパートの2階の角部屋だ。南側に窓があり日当たりは良好だが、昼間にたっぷりと日差しを浴びた部屋は日が落ちても温度を保ち続けて、蒸し風呂と言いたくなるくらいの熱気を溜め込む。
すぐに窓を開けて空気を入れ替えると同時にエアコンをつける。狭い部屋だからすぐに空気は入れ替わった感じがするので、エアコンの冷気を逃がさないために窓をいそいそと閉める。
エアコンはもはや贅沢品ではない。命を守るための必需品と言える。富士山麓に住んでいた真白は子供の頃は朝晩にエアコンなんて使った記憶がなかった。しかしここ数年は1日を通してフル稼働だ。東京に出てきて初めての夏はまだ初夏にもかかわらず地元の夏の暑さを軽く上回ってきた。
シャワーを浴びているうちに部屋も冷えるだろう。出かけるまでたった30分足らずの滞在だからちょっと勿体無い気もするが、エアコンなしでは耐えられない。
シャワーを浴びて着替えを済ませた真白は時間を確認する。今は19時40分だからあと20分くらいで出かけないといけない。小腹を満たすために冷蔵庫からチョコパイを2つと麦茶を取り出してテレビをつけ、もそもそと食べながら、今ハマっているネット配信アニメの続きを見ていたらあっという間に時間になった。
ちょっと疲労感があるから原付で行こうかと思ったが、またみんなで帰るかもしれないと思って歩いて行く事にした。外は日が暮れても湿度が高いせいか気温が下がった気がしないが、直射日光が当たらない分まだましといったところ。
昨日の夜にニコラと待ち合わせた神社の前を通った。あれからまだ1日しか経っていないのか。そんな事を考えていると、後ろから名前を呼ばれた。
「日向くん。またここで会うって凄い偶然だね!」
自転車に乗って来たニコラがそれを降りて横に並んできた。
「思えば宵の明星でご飯食べるの久しぶりなんだ。何を食べようかなー。今日は何となく魚の気分」
「俺はもう決めましたよ。昼食が早かったので腹が減っているからガッツリ食べようと思っていて…」
「言わないで!当てるから!」
腕を突き出し、手のひらを真白に向けて制止すると、続けてその手の指をトントンと額に当ててエセ名探偵になりきったニコラは、少し思案を巡らせると、
「カレーだ!いや、ガッツリならカツ丼かな…親子丼もあるか…生姜焼き定食?焼き肉定食?カツカレー!カツカレーだ!」
「ファイナルアンサーはカツカレーでいいですか?」
当てるって言っていたから一つだけズバッと答えるかと思ったらタラタラといくつも回答を続けるニコラに問うてみた。
「ファ、ファイナルアンサー…」
この人は何でこんなに緊張してるんだ?
「悔しいけど正解です。日向山に行った日の賄いがカツカレーだったので、僕と浅川さんは食べられなかったんですよ。田坂さんから写真が送られてきて羨ましくて」
ニコラは飛び上がって喜んでいる。
「やった!今日は日向くんの奢りだ!」
「なんでそうなるんですか?むしろ先輩が後輩に奢るもんでしょ」
「しょうがないなあ。じゃあ自転車押して」
「だからなんでそうなるんですか?もう、分かりましたよ」
ため息をつきながら自転車を引き継ぐ。
「こうやって押してるとたまに脛をペダルにぶつけちゃってすごく痛いんだ」
「それは分かります。ぶつけないようにペダルの高さを調節しておいても、気付くとぶつけるのにちょうど良い高さになってるんです」
「そう!あれはなんでだろうね。そういえば…」
なんてどうでも良い話をしていたらあっという間に店の前に着いた。
真白から渡された自転車を店の脇に置いたニコラはドアノブに手をかけて、一つ深呼吸をした。
「ニコラ先輩。早く入りましょう。もう腹が減って限界」
気の利いた言葉が思いつかなかった真白はいつも通りの気の利かない言葉を吐いた。
「はいはい」
ニコラはそんな真白を見て苦笑いをすると意を決してドアを開けた。
「いらっしゃいませ。あ、ニコラちゃんと真白くん」
ドアを開けた先にいたのはテーブルを片付けている田坂だった。
ニコラは一瞬目を見開いて固まると、すぐに我に返る。
「姉さんに言ってあるんだけど、みんなでご飯食べに来た。田坂ちゃんが仕事終わるの待ってるね」
「あ、そうなの?わかった。今日はもうお客さん来ないと思うからマスターと灯さんに聞いてくるね。座って待ってて」
「はーい」
笑顔でそう答えたニコラはいつも登山帰りに宵の明星に寄ったさいに居座る奥の席に向かった。
真白もそれに続いた。
ぎゅっと握ったニコラの拳が震えていた。




