吐き出す 2
「どういうこと?」
ニコラが上目遣いで呟く。
「俺と全く同じです。周りとノリが違って、自分の普通は他の人の普通じゃなくて、すぐ調子に乗って知らないうちに誰かを傷つける事をしたり言ったりして。気付けばみんなに引かれて嫌われて。仲間外れにされたならもう諦めがついたかもしれない。それはそれで凄く辛いと思うけど。でも俺は仲間外れにはされなかった。お情けで誘ってもらっていた。でもみんなの態度が、目が言っていた。何でお前がいるんだって。お前なんか本当は誘いたくないって。でもそこから自ら抜ける勇気もなかった。だから…」
吐きそうだ。子供の頃からの自分の姿が次々に頭に浮かんでは消える。大嫌いな自分の姿が。
「この間、ニコラ先輩が悲しそうだった訳が分かりました。田坂さんのプライバシーに関わる事をペラペラ話してしまったからですよね。第三者からすればあれくらいなんて事ない話題でしょう。でも俺らは違う。絶対にしないと決めた事を意図せずまたやってしまった。それが悔しい。そうじゃないですか?」
ニコラを見下ろして一気に喋った。
「うん。そう。大好きな田坂ちゃんに悪いことした。田坂ちゃんに嫌われちゃう…」
唖然とした顔で真白を見上げながらそう言ったニコラが両手で顔を覆ってまたブルブル震え出した。
「ニコラ先輩…」
真白はそれ以上何も言えない。逆の立場だったら自分も間違いなくそう思うからだ。
マスターがスッと音もなく立ち上がった。
「真白くん、座ろう。な?」
真白の肩にそっと手を置いて、優しく声を掛けてくれた。促されるように真白は座った。
「すみません。もう我慢の限界でした」
すると、いきなり灯も立ち上がって真白とニコラの間に小さな体をグリグリッと押し込んできた。そして両腕を広げて2人と肩を組む。
「はい!2人ともよく話しました!そして、宵の明星のみんなはそんな2人が大好きです!ニコラちゃんには前にも言ったよね?あたしは素のニコラちゃんが大好きだって。2人とも昔の友達とは馬が合わなかっただけ。やり過ぎた事を反省しているならそれで結構!でも自分らしさを忘れちゃダメ!我慢は必要。他人の気持ちを考える事は必要。2人は十分それをやってる!あたしが保証する!」
灯の言葉は真白の心に、まるでカラカラに乾いた砂場に撒いた水のように染み込んでいった。
誰かに言って欲しかった。そんなお前でも受け入れてくれる人がいるって。
真白の頬を涙が一筋伝った。嗚咽が漏れる。次の瞬間にダムが決壊したかのように涙が溢れた。
「田坂ちゃんの事も心配いらない。このお喋りちんちくりんが!って怒られて終わり。それで全部終わり」
ニコラが目をグジグジ擦りながら何度も頷いている。
真白もなんだか心が軽くなった。涙を拭って空を見上げた。ゆらゆら揺れる視界に幾つもの星が瞬いていた。
しばらくみんな黙っていた。
マスターも灯も、真白とニコラが落ち着くのを待ってくれている。
「あースッキリした!姉さん、マスター、ありがとう。明日田坂ちゃんに勝手にペラペラ話してごめんねって謝る」
ニコラがさっきまでの震えて今にも崩れそうな様子から打って変わって明瞭な口調で宣言する。
あれくらいの事をいちいち報告する事はないだろう。普通の人なら急に謝られて逆に首を傾げるような事かもしれない。でも真白やニコラは違う。話してしまった内容云々ではなく、絶対にやらないと決めていた事をまたやってしまったいう事実に胸を痛めるのだ。そして何事もどんどん悪い方向に考える。ありえないほど悪い方向に。それが2人の心を痛めつけていく。そんな2人の壊れかけていた心を宵の明星の面々は癒してくれている。
「それがいいよ。ちょうど明日は田坂ちゃんが来るし、2人で夕飯食べに来たら?」
灯が2人の肩に回していた腕を離して両手で2人の背中をポンポンと叩いて立ち上がった。
「そうしましょうか。ニコラ先輩どうですか?」
「うん。そうする。桜田には内緒ね。田坂ちゃんがいるって言ったら、何か理由作って絶対に付いてくるから」
ニコラがおどけて言う。
「桜田先輩とそこまで連絡取り合ったりしてないから誘う機会もありませんよ」
真白は苦笑いしながらそう答えた。
「よし、じゃあ帰るか。明日もあるしな」
「「「はーい」」」
マスターの音頭で夜の散歩はお開きになった。
帰りのニコラは明るかった。
あの笑顔の裏に真白と全く同じとも言える悩みがあるなんて今日のあの時間がなかったら知る由もなかったろう。
真白は幼い頃から他人と同じ事を同じようにするのが苦手だった。
どうしてもやりたいようにやりたい気持ちを抑えきれず、はみ出した事をしたり、話していてもすぐに熱が入りすぎたりしてしまう。一度スイッチが入ると止まらなくなる。自分が好きな事は他人も好きだろうと決めつけたしつこい言動をとってきた。その結果、面倒なやつという刻印を押された。
帰り道にふとそんな事を漏らすと、灯はそんな真白が好きだと言ってくれた。
マスターも人間臭くて良いと言ってくれた。
ニコラも自分の事を言われているようだと言って顔を赤らめていた。
真白は出会いに感謝した。
今日はこの3人にありったけを打ち明けた。この先、浅川や田坂に話す事があっても、恐れずに話せるだろう。その際にはあの2人の知らない話も聞くことになるかもしれない。真白がはっきり断言できる事は過去に何があったとしても、どんな人間であったとしても、今のあの2人を嫌いになる事はない。
ニコラもそうだ。彼女は悲しみを糧に変わった。いや、現在進行形で変わろうとしている。大嫌いな自分を少しでも好きになれるように。だから、真白は過去で他人を判断しないようにしようと誓う。その人の今の姿を見て、先入観なしに、今どう生きているかを見るようにしようと思った。なぜなら他人が自分自身を見る時にそういう目で見てほしいから。
この先、真白もニコラも何度も同じ悔しさや歯痒さを味わって、またやっちまった…と自分自身を責めるだろう。でも2人には理解者がいる。だから恐れずに少しずつ自分らしく生きていくようにしたいと思う。
灯は言った。
「少なくともあたし達の前では飾らず自分らしくしなさい。それは違うと思ったらすぐにその場で指摘してあげるから。そうすればそのうちになりたかった自分になれるよ」
凄く頼りになる言葉だった。
よろしくお願いします。と言おうとすると、
「よく言うよ…」
マスターが呟いた。
灯の耳は地獄耳。しっかりその声を拾う。
「はぁ?今なんて言った!?」
マスターもここは引かない。
うん。なぜか引かなかった。
「お前自身がいつもひと言多いだろ。2人とも、俺がしっかり指摘してやるから安心しろ」
マスターがドンと胸を叩いて言う。
そこから夫婦喧嘩が始まったのは言うまでもない。
最後まで賑やかな帰り道だった。
マスター夫婦と別れてからはニコラと最初の待ち合わせの神社までたわいもない話で盛り上がった。
ニコラが学食で見せた表情が気になって以来、久しぶりの気楽な時間だった。自分そっくりな奴がいたことにお互い親近感を覚えたからかもしれない。
「あー久しぶりによく笑った。話を聞いてくれてありがとう。姉さんが明日は閉店ちょっと前くらいに来てって言っていたから20時30分くらいに宵の明星でね」
「分かりました。こちらこそ良い時間でした。帰り道気をつけて下さい」
「うん、ありがと。じゃおやすみー」
ママチャリを漕ぐニコラの背中が遠くなっていく。
マスター夫婦との別れ際に灯が言った。
「2人とも過去の自分がよっぽど嫌いみたいだけど、はっきりさせておきたいのは、過去の2人も一生懸命に生きていた。周りとは上手くやれなかったかもしれないし、もしかしたら他人を傷つけちゃったかもしれない。でも周りの人みんなと上手くやれる人なんていない。傷つけちゃった事はいけなかったけど、2人はしっかりと反省している。意図して平気で他人を傷つける奴なんか沢山いるし、そういう奴らほどデカいツラして生きてる。そんなのよりもずっとマシ。昔の自分をあまりいじめないで。むしろ『あなたにこれ以上辛い思いはさせない』っていう優しさを持って」
その言葉は初めて過去の真白を、ニコラを肯定してくれた。
真白も、全てに後悔して膝を抱えて泣いている過去のニコラに手を差し伸べたくなった。
ニコラと別れた真白にはひとつ後悔が残った。
彼女にひと言だけ声を掛けたかったなと。
「昔も今もニコラ先輩らしくていいと思いますよ」
と。
いつか彼女が彼女自身を愛せる日が来るように。
いつか自分が自分自身を愛せる日が来るように。
その一言がほんの少しでも後押しになるなら、ポツリとでも言えばよかった。
でも今はできる事をしよう。
だから今日はその小さな背中が見えなくなるまで見送ろうと思った。




