吐き出す
「2人ともありがとう。こっちから頼んだのに待たせてごめんね」
ニコラが真顔で謝っている…やっぱりこのニコラは偽ニコラじゃないかな…そんな事を思った真白はニコラの顔をまじまじと見つめる。
「なに?」
いきなり顔を見つめられたニコラが顔を顰めながら聞く。
「いえ。すみません。本物のニコラ先輩なのか疑問に思って」
「「ぷっ…あっはっはっは」」
吹き出したのはマスターと灯。灯なんてそりゃあもう腹を抱えて爆笑している。つられてニコラも笑い出した。夜の甲州街道に明るい声が響く。
「大丈夫!この子は本物のニコラちゃんだよ」
笑い過ぎて涙を流しながら灯が答える。
「真白くんは冗談で言ったんじゃなくて、本気で偽物じゃないか疑っていたもんな。いやー、今のは面白かった!浅川くんと田坂ちゃんにも言おう」
真白は、おい!やめろ!という言葉を発声するギリギリのところで飲み込んだ。
「どう見てもおかしいでしょ。真顔で謝るニコラ先輩なんて。ニコラ先輩ですよ!」
なんか恥ずかしくなった真白は必死に弁明する。が、まさに火に油の発言だった。真白の肩に衝撃が走る。
「こらー!!!黙ってれば私の悪口言って!」
必殺ニコラ頭突きだ。だが、真白も今回は引かない。
「黙ってないでしょ!らしくない事をらしくない雰囲気でペラペラ話していたじゃないですか!ヒグラシだ夕方だって!いつから詩人になったんですか!」
「むきー!こいつー!」
それを聞いて顔を真っ赤にしたニコラはママチャリをあかりに押し付けると、真白の背中に飛びかかって来た。
「ちょっ!重いっ!おい、こら!降りてください!」
「やだ!運ちゃん、高尾山口駅までよろしく!」
「背中で暴れないで…マスター、灯さん、このちんちくりんを何とかして下さい!」
マスターと灯はゲラゲラ笑って成り行きを見ている。
「あー苦しい。なぁ灯、俺らいらなくね?」
マスターが息を切らせて言う。
「もう勘弁して。あたしもそう思う。この勢いが続いたら腹筋が6LDKだよ…」
涙を流しながら、お腹を抱えて、過呼吸じゃないかっていうくらい息を荒げた灯がかろうじて答える。
なんとかニコラを降ろした真白は、マスターと灯に頼むから着いて来てくれと頼んだ。
まぁ面白そうだからと付いて来てくれる事になった2人。
最初のシリアスな雰囲気はどこいった?真面目な話をするんだよな?
「さぁとりあえず歩こうや。高尾山口駅に行くんだろ?」
マスターの音頭で一行は歩き始める。
途中で浅川おススメのサンドイッチカフェの前を通った際に、灯が「明日の賄いはサンドイッチがいい!」と騒いだり、
クリーニング店の前を通った際に、マスターが「あ!灯!俺のスーツどこだっけ?クリーニングに出すのずっと忘れてた!」と焦ったり、
コンビニに寄ってみんなでジャンケンして負けたニコラがブーブー言いながらみんなに飲み物を買ったり、
まるでただのピクニックのような時間を過ごしながら、高尾山口駅に着いた。
「もうちょっと先まで行くよ」
駅前を通り過ぎて遊歩道を川沿いに少し歩くと、左手に川に向かって階段状になっていて川を見ながら座れる場所がある。数年前の駅周辺の整備で作られた夏の避暑エリアで、川も浅くて流れも緩やかなので昼間は子供が川遊びを楽しんでいる。
「ちょうど誰もいないね。とりあえず座ろうか」
灯がちょうど真ん中あたりの段に腰を下ろした。
灯の右側にニコラが座り、その右隣に真白がマスターに促されて座った。マスターはそのまま真白の右隣に。灯とマスターが真白とニコラを挟む形になった。
川の流れる音が聞こえる。昼間にはまず聞くことができない音だ。
しゃらしゃらしゃら
そんな音に聞こえる。
電灯が水面を照らして反射した光がキラキラと光っている。明かりに照らされているのに透明な水が漆黒に見えるのは何故だろう。透明で澄んだ色は昼の顔、漆黒で全てを飲み込んでしまいそうな色は夜の顔。神社の前でニコラが話した蝉の話じゃないが、自然ってやつはTPOを人間以上に意識した活動をしているように思える。
「私はね…」
唐突にニコラが話し始めた。
話しにくい事はタラタラとブレイクスルーの話題を並べても話しにくい事は変わらない。こういうのは勢いだ。今、ニコラは変に間をとって話すタイミングを逸しないようにいきなり本題に入る事を選んだ。真白にできるのは聞く事だけだ。
「私は、昔から一言多いとか、人をからかうような言い方をするってよく言われてね、それが原因で沢山の人に嫌な思いをさせたの。言わなくてもいい事や、言われた人の気持ちを考えてないような事を無意識に言っちゃってたの。思えば小学生の頃からずっと。だから気付かないうちにみんなから嫌われていてね…」
ニコラの声が震えてきた。ちらりと隣を見やると右手で左肩を、左手で右肩を掴んで胸の前で腕を交差させるポーズで背中を丸めている。声だけでなく、その体もブルブル震えている。
灯がニコラの肩にそっと腕を回して自分の方に寄せて、両腕で横から抱き締めた。ニコラが必死に過去の辛かった時の自分と向き合っている。
無理しなくても…
とは言えなかった。ニコラは真白に聞いて欲しくて今戦っている。それに水を差すなんて野暮な事できない。真白は光がゆらゆら揺れている水面を見つめながら次の言葉をただ待った。
「そんな事全く気付いてなかった。自分が人気者だなんて奢ってなかったけど、私が話した事にみんな笑ったりしてくれていて…」
数秒間を置いたニコラは、ここから本題に入るとでもいうかのように大きく息を吸い込んだ。
「でも、高校1年の夏休みに入る前にね、嫌われてるなんて気付かなかったから、いつもみたいに、いつもと同じメンバーの会話に入ったの。そしたら、みんな急によそよそしくなって、バラバラと解散しちゃって、どうしたの?って聞いたら、別にって。その日の帰りに下駄箱で聞いちゃったの。仲良しの子の声が反対側からしたからそっちに行こうとしたら、その子と、さっき言ったメンバーの子達が話してるのを聞いちゃったの。ニコラちゃんウザいよね。って。外人だから笑いのツボが違うかもしれないけど、大人しい〇〇ちゃんとかをおちょくった事言って笑いをとってさ。って。昔からずっとあんなだよ。って。みんな引いてるの気づいてないのかな。って!!!」
声は少しずつ大きくなっていった。
そこまで一気に言ったあとニコラは泣き崩れた。
「私が悪いの!調子に乗って他人の話を面白おかしく誇張してペラペラ話して!最低だったの!他人を小馬鹿にするような言い方して、しかも対象の人はしっかり選んでた!嫌われて当たり前!私は私なんか大っ嫌い!!!」
ニコラは川に向かって叫んだ。顔が前後に動いた時に涙がキラキラと舞い散った。
しばらくの沈黙。川のせせらぎも、甲州街道を走る車の音も、全てを掻き消して、ニコラの嗚咽だけが耳に響く。
灯はぎゅっとニコラを抱きしめている。彼女が小さい体で抱えている全ての悲しみや悔しさも全てが愛おしいと言うかのように、微笑みながら彼女の耳元で「大丈夫、大丈夫」と呟きながら。
ニコラが口を開く。
「外人だからとか言われるのは物心ついた頃からずっとだから慣れっこだった。それでも私が明るくみんなに話しかけたら誰とでも仲良くなれると思ってた。でも違った。だから私は決めたの。他人の事をペラペラ話さない、自分から他人に話しかけない、できるだけ他人と関わらないって。グループにもいられなくなって…いや、一応いたの。抜ける勇気がなくて…遊びに行って楽しいふりをして、面白くもない話題に相槌を打って…だから大学に入ったら変わろうって頑張ってきた。でも変われない!変われないの!この間の日向山に行った時もそう。感情に流されて無用なトラブルを引き起こしそうになった!姉さんと楽しく歩いていたのに、私のせいでそこから山頂までは冷めた時間になった!山頂でもみんなに気を使わせて…またみんなに嫌われちゃう!もう嫌だ!」
あぁ、だからあの時ニコラは気まずそうだったのか…
真白はもう限界だった。
「ニコラ先輩。ニコラ先輩は自分です」
いきなり立ち上がってニコラを見下ろしてそう言った真白をニコラは涙でぐしゃぐしゃな顔で、マスターと灯は冷静な表情で見上げた。




