日向山 3
「はいはい、ニコラちゃん。お昼を作るから浅川くん達が場所取りしてくれたところに行くよ」
膨れっ面をしているニコラを灯がどうどうと落ち着かせつつ、肩を組んで何かを話しながら浅川と真白がリュックを置いた場所に向かう。
「何を食べられるのか楽しみだね」
真白を肘で突いて浅川が言う。
「浅川さんも何を作るか知らないんですか?」
意外そうに聞く真白に浅川が楽しげに教えてくれた。
マスターと灯は、山に行く時には持ってくる料理を完全に秘密にするのだそう。働いている面々の食の好みは賄いを作っている関係で知り尽くしているし、灯に師事しているニコラも言うまでもがな。
「うん。姉さん、ごめんなさい」
灯と話してやっと落ち着いたらしきニコラが自分の短気が原因でトラブルを招きそうになった事を謝っている。
「いいのいいの。あの野郎にはあたしもムカついたから。浅川くん達は大丈夫だった?」
「あいつの事を言ってるんだろうなという心当たりはありますが、僕らは特に何も。2人とも災難でしたね」
浅川は真白のやらかしには触れず、2人を労う事でこの話を終わりにしようとしているようだ。
「なら良かった。さあご飯を作るよ!」
浅川の反応に気まずくなった真白が下を向いていると、察しの良い灯が顔を覗き込んできた。彼女は全てお見通しのようだ。察しの悪いニコラはそのやり取りをキョトンとして眺めている。彼女は何もわかっていないようだ。
フンフンと鼻歌を歌いながら灯がリュックから道具を取り出している。
「浅川くん。ガス持ってきてくれた?」
「はい。一応2つ持ってきました」
浅川が取り出したガスは、真白が実家でコンロを使った料理をする時に使っていた細長いガス缶ではなく、アルコールランプの上の部分を取ったような形をしている。
「あの、持ってみてもいいですか?」
興味津々で尋ねる真白に浅川が嬉しそうに答える。
「もちろん。それじゃあ準備を手伝って貰おうかな。この部品をこのガス缶に着けてよ」
浅川から手渡されたのはガス缶とガス缶の上に取り付ける五徳と接続する金具が入った袋。
「俺がやってみせるから心配しないで。まずこの金具をここに…」
じゃらじゃらと五徳を含む部品を出してテキパキと準備を進める浅川に倣って真白もぎこちない手つきで部品を取り付けてみる。
「そうそう。それで、このバルブを軽く捻るとガスが出るから、シューって音がしたらこの点火スイッチを押す」
ボッと音がして、ゴーッという音を上げながら青い炎が五徳の上に広がった。
ガスを出すバルブを捻る塩梅が難しそうだったが、うまい具合にいったらしく、真白も火をつける事ができた。
おぉっと満足げにガス缶を眺めていると、灯が保冷剤入りの遮熱効果のある袋に入ったいくつかのタッパーと耳を落としたパンを出して並べていた。ニコラも灯を手伝ったあと、浅川が用意したガスでお湯を沸かし始めた。
「今日のお昼ご飯はホットサンドだよ。具材はこっちから照り焼き、焼豚、ハム、チーズ、目玉焼き、マグロとアボカドのマヨネーズ和え、レタス、トマト。好きなものを挟んでね」
これは楽しそうだ。ホットサンドにするにしても、前もって挟んであるものを用意するのではなく自分で好きな具材を選んで挟むというのはなんかワクワクする。灯のリュックから出てきた2つのホットサンドクッカーも初めて使う。
「お湯沸いたよ。みんなコップにコーヒーの粉入れて」
ニコラがお湯を持ってみんなを促す。各々が持ってきたコーヒーカップにインスタントコーヒーの粉末を入れると、ニコラが間髪入れずにお湯を注ぐ。香ばしい匂いがしてきた。
「さあ、ガスも空いたし、クッカーも2つあるからガンガン作ろう。どれくらい焼くかは各自の好みで。焼いたパンは半分に切ってみんなでシェアするから変な物は作らないように!」
灯は最後にチラッとニコラを見ながらそう言うと、パンの上にハムとチーズ、目玉焼きを乗せて上からもう一枚のパンを乗せると、クッカーに挟んでガスの上に乗せた。
真白達もワイワイと各々好きな具材を挟んでいく。お湯を沸かしている時のニコラがしょんぼりしていたのが気になったが、今はいつもの調子を取り戻して楽しそうに焼豚をつまみ食いしながらパンに挟んでいる。浅川はマグロとアボカドのマヨネーズ和えが気になるらしく、これでもかとパンの上に乗せている。
しばらく挟んで、焼いてを繰り返していると、結構な量のホットサンドが出来上がった。それらを灯がキャンプ用のナイフでカットしていく。真白の目の前にはバリエーションに富んだホットサンドがキラキラと輝いていた。
ニコラと一緒につまみ食いしていたらしき灯が、ハムの入った口をもぐもぐさせながら、
「みんな食べていいよ」
と言ったところで、わーっと一斉に手を伸ばす。
焼豚はよく味が染みていてジューシー。定番のハムチーズはトロトロのチーズとハムの相性抜群。真白が作った照り焼きとレタスとハムを挟んだ自信作は想像通りのボリュームで食べ応え抜群。浅川おススメのマグロとアボカドはただのマヨネーズかと思いきや、ワサビが入っているらしくツンとする刺激が堪らない。
「ニコラ先輩が作ったハムレタストマトチーズサンドは焼かなかったんですね」
真白が唯一焼かずにそのままカットされて並んでいるサンドイッチに手を伸ばす。
「うん。これは焼かなくて正解。豪華なサンドイッチだね」
同じ物を食べた浅川が絶賛する。
「でしょ!レタスとトマトが入っているから焼かない方がいいかなって。あ、でもパンだけは焼いた方が香ばしくなったかなぁ」
「ニコラちゃん、まだパン余ってるからやってみる?」
照り焼きサンドとハムチーズサンドを両手に持った灯が数枚残っているパンを顎でしゃくる。真白は分かる。これは作りなさいというやつだ。
「うん。やってみる」
「ハムチーズは焼きたいところだけど挟んじゃったらレタスとトマトを入れるのに開けないから、片面ずつ焼くんだよ。浅川くんの前にあるので具材を載せて焼いて、真白くんの前にあるやつで、上に乗せるパンを焼く。チーズがトロッとしたら、ガスから離して、レタスとトマトと真白くんの方のクッカーで焼いたパンを載せて、グッと挟む。そうそう。それで出来上がり」
灯の指示通りにニコラが動き、あっという間に出来上がった。
「これは作ったニコラちゃんと、作ってるのを指を咥えて見ていた真白くんどうぞ」
相変わらず両手が塞がっている灯の代わりにホットサンドをカットした浅川が2人に手渡す。
「わーい!浅川さんありがとう!」
ニコラは満面の笑みでガブリと自信作に齧り付く。真白もお礼を言って食べてみる。うん、これがホットサンドの最適解だ。
食事を終えた面々は、おかわりのコーヒーを飲みながら甲斐駒ヶ岳登山の話を始めた。
「甲斐駒ヶ岳には宵の明星みんなで行くんでしょ?私も行っていい?」
何故か遠慮がちにニコラが尋ねる。いつもの彼女なら一緒に行くのが当たり前のように話すのに。らしくない気がする。
「もちろんいいよ。その時はマスターも車を出すから2台で行くよ。朝は5時にこっちを出るからね」
ニコラの言動に違和感を感じているのは真白だけなのか、灯も浅川も気にするそぶりを見せないので真白もあえてそれを口には出さなかった。それから灯と浅川から甲斐駒ヶ岳に登るまでにやっておくと良いトレーニングの話を聞いた。
「日向くんの今の力なら最難関の黒戸尾根からでも登頂は全く問題なくできると思うんだけど」
「ゆっくりと時間をかけて登るんじゃなくて、あたし達がやるのはファストパックって呼ばれてる快速登山だから。昼過ぎには下山して、川で遊んでから帰るんだよ」
「いいですね!尾白川は水も冷たいから気持ちいいですよね。真白くん、下山後にその川を見ていこう」
3人の話に入れず、うんうんと頷きながら聞いていた真白に浅川が話を振った。
「頑張ってトレーニングしてみなさんの足を引っ張らないようにしますのでよろしくお願いします」
それから片付けを済ませて、一行は下山した。
2グループに別れた登りとは変わって下山はみんなでワイワイ降りた。山頂で様子がおかしかったニコラも元気で安心した。
日向山登山道入り口に到着すると、駐車場方面とは逆の右方向に歩いていく。
少しすると神社が姿を見せた。4人で無事下山できた事を報告して、次の甲斐駒ヶ岳登山も無事に楽しめるようにお願いをした。
神社の左手を少し進むと、立派な吊り橋が姿を見せた。一度に渡れる制限人数があるようだ。
「ここを渡った先が甲斐駒ヶ岳の登山道入り口だよ。とりあえず川まで降りてみよう」
浅川の先導で吊り橋を渡り、川へ下る。
「そこが登山道入り口。来月来るからよく覚えておきなよ」
灯が指差した先には甲斐駒ヶ岳と書かれた看板がある。
そこだけ見ると、さっきの日向山登山口と変わらないが、その先がめちゃくちゃ長いらしい。
川に降りると、水遊びをしている人が沢山いた。割と流れは速く大きな岩もある。灯とニコラが川辺に行き、ジャブジャブと顔を洗っている。
「ひゃー!冷たくて気持ちいい!」
真白も倣ってじゃぶじゃぶしてみる。めちゃくちゃ気持ちいい。
しかし不思議な川だ。何せ日向山山頂と同じく川の砂が真っ白。水も心なしか白く見える。
「姉さん、サンダル持って来ればよかったね」
「まぁ今日は温泉があるし。もう帰ろうか」
周りの楽しげな雰囲気に当てられて川遊びしたい気持ちをグッと堪えて4人は駐車場へ戻って行った。
汗だくだが、着替えもそこそこに温泉に向かう。
楽しみにしていた温泉に鼻歌でも歌い出さんばかりに向かう4人。
しかし予想外の展開が待っていた。
温泉の駐車場前の渋滞。
車から降りた真白が見に行くと、駐車場入り口に看板が出ていて、警備員が忙しそうに案内をしていた。
満車。
…
「と、とりあえず道の駅に行こうか」
灯の提案。
一行は無言で道の駅に向かい、車内を涼しくした浅川の車の中で男女順番に着替えを済ませた。
「仕方ないから道の駅で甘い物でも食べて帰ろう」
意気消沈してゾンビのように道の駅へと足を進める4人。その時、浅川が空気を変えた。
「灯さん、それなら清泉寮に寄って行きませんか?久しぶりにあのソフトクリームを食べたくなって」
灯がバッと顔を上げた。目がキラキラしている。
「いいね!じゃ出発!!」
2人は道の駅に向かって歩いていた真白とニコラを車に押し込むと、清泉寮に向かった。




