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真白-ましろ-  作者: 格之進


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賄いレッスン

"みんな、あたしの家庭の事情による特別シフトにご協力頂きありがとうございます。明日から通常シフトに戻ります。今後ともよろしくお願いします"


SNSの宵の明星グループに灯からのメッセージが入ったのは昨日の事だった。


灯は、お父さんが復帰してからも念のため2週間ほど実家の手伝いに出ていた。なので、当初は約2週間の予定だった特別シフトは約1ヶ月に伸びていた。


そうは言っても、真白と田坂は平日に入る回数が週に1回〜2回増えたくらいで、大変だったのは1人で調理場を回し続けたマスターと、定休日以外はほぼ毎日長時間シフトに入った浅川くらい。学生には無理をさせないという宵の明星の方針に浅川が協力した形だが、当の浅川本人は、毎日賄いだから飯代が浮くし、作る手間が省けるとサバサバしたものだった。


6月最後の土曜日の今日。天気は雨。すでに梅雨入りした事もあり、最近は天気が不安定で登山者の数も少なく、この時期は店としては閑散期に当たるらしい。


「それでねー、あたしの作った賄いにケチつけた小僧がいてね…」


お客さんがいない店内で、灯がカウンター席に座ってマスターと浅川に愚痴っていた。


ある日、料亭の昼の賄いで灯はかき揚げうどんを作ったらしい。くしくも入江母が肉うどんを作った次の日に。


「お前も前日の賄いで何が出たか確認すれば比べられる事もなかったんじゃないか?そもそも賄いを被らせないようにするのは当たり前の気遣いだろ」


「あのね、今の論点はそこじゃないの。はい、働いてるふりして盗み聞きしてる真白君、あたしがムカついたのはなんでしょう?」


あ…バレてた…


「あ、あー、灯さんの料理よりも入江のお母さんの料理の方が美味しいと言われた事でし…」


「そう!それ!」


灯は真白が言い終わる前に反応する。


「まだ賄いも任されてもいない小僧が、あたしが作ったうどんを食べた瞬間に"これ昨日のよりずいぶん濃い"とか言いやがって!引っ叩いてやろうとしたら、板長が"他人の作った賄いに文句垂れるんなら食うんじゃねぇ!"って怒鳴ったからあたしは抑えたけど」


「まぁその言い方されたら腹立つな」


「それは灯さんも怒りますよ」


「ねぇ、マスターも浅川くんもあたしのうどんの方が劣ってる前提で話してない?」


灯がむっすーとして2人を睨む。


「どっちが美味いかの話じゃねぇよ。本当は分かってるんだろ。お前の実家は関西風、俺たちが修行した明けの明星は関東風の味付けなんだ。お前の作ったうどんは彼らがいつも食べてるのとは全く違う物だったんだよ。その失言した彼を庇うわけじゃないけど、真逆の味付けに近い物が出たからつい口走っちゃったんだろ」


「それにしても西と東でそんなに味付けが違うものなのですか?」


真白は生まれも育ちも山梨だ。両親も生粋の山梨県民。関西風の味には全く馴染みがない。修学旅行とかで京都やら九州やらには行ったが、当時は食べ盛りの学生。食事は質より量だった真白は味付けの違いとか何とかは全く記憶にない。


「そうだな。聞くより食った方が早い。今日の賄いはうどんにしよう。ハーフサイズで関西風と関東風を作ってやるから食べ比べてみな」


「はいはい!あたしはカレーうどんがいい!」


「それじゃ違いがわからないだろ…却下だ!」


マスター、灯のお願いを一蹴。


「そうだ。今日は浅川君が賄い作ってみるか」


「え?いいんですか?」


「ああ。今回の件があって、この先誰かが急に長期離脱する事も考えないといけないと思ってな。忙しい時にみんなが簡単な調理補助ができるとお客さんを待たせる事も無くなるし、これから賄い作りから少しずつ教えていくつもりだから。今日は浅川君だけど、もちろん真白君もな」


「はい!楽しみです!」


この店で働くようになってから、目の前で色々な料理が作られていくのを見た。もちろん実家で母が料理をしているのを見てはいたが、やはりプロは迫力が違う。真白も料理に興味が出てきたのだ。


教わったら実家に帰った時に家族に作ってあげよう。


そんな夢を抱いた真白だった。


雨はその後も降り続け、店内は終始閑散としたままだった。


いつもよりも1時間ほど早い時間にマスターから閉店準備の指示が来たので、真白は締めの作業に、浅川は賄いを作るために動き始める。


「お前は締めの作業があるだろうが」


厨房に入っていく浅川の後ろをピョコピョコ付いてきた灯をマスターがつまみ出す。


「あたしが厨房担当の時はあんたが締めの作業するんだからね!」


いつも通りの、当たり前の事を捨て台詞のように吐きながら、膨れっ面でレジ締めを始めた。


厨房からはマスターが浅川に色々な指示を出しているのが聞こえてくる。


そしてレジ締めをしている灯の手は完全に止まっており、キリンみたいに首を伸ばして厨房を覗こうとしている。


「あの、灯さん。速攻でレジ締めを終わらせちゃえば賄い作りに乱入できるんじゃないでしょうか」


真白は、完全に心ここにあらずの灯の手を動かさせるために悪魔の囁きをする。


はっ!とした灯は、すごい速さで作業を終わらせて、


「終わったよー!あたしも手伝いまーす!」


と厨房にすっ飛んでいった。


「レジ締めが終わったら真白君の掃除を手伝ってこい!」


速攻でつまみ出されて戻ってきた。


"まったく!いつも俺が賄い作っていても気にもしないくせに!"


灯の襟を摘んでホールに引きずってきたマスターが戻り際にボヤく。


唇を尖らせながら向かってきた灯に真白は戸惑う。


「あたしがテーブル拭くから、真白君はモップがけね」


「は、はい」


目論見通りに行かなかった八つ当たりをされるかと思った真白はホッとした。そこでふと先日の出来事を思い出す。


「そうだ。灯さん。灯さんがご実家の手伝いに行っている時に4人組の女性グループのお客さんが"灯さんがいないけど何かあったの?"って心配していましたよ。以前灯さんは私達にとって姉みたいな存在だからって言っていた方々です」


「あぁ、井川ちゃん達だね。何年か前から月に1、2回は山歩きの帰りに来てくれるんだよ。心配かけちゃったな。今度来たらサービスしてあげよう」


灯が嬉しそうに話す。


掃除が終わり、入り口を施錠してホールの照明を落とした真白は厨房に向かった。灯はすでに手洗いを済ませたらしく、マスターを押しのけてちゃっかり浅川に盛り付けを教えている。


弾き出されたマスターは、浅川にネギの切り方を実演しながら楽しそうに教えている灯を見て、"まったく、あいつは…"なんて言いながら目を細めていた。


灯と浅川の2人が仕上げをしている間にマスターは素うどんだけじゃ寂しいだろと、ミニサラダとだし巻き卵を作ってくれた。真白はサラダの盛り付けを手伝った。


「本当はだし巻き卵の作り方くらい教えてやりたいけど、時間がなくて雑になっちまうから今度な」


「はい。楽しみにしています」


みんなのサラダボウルにプチトマトを乗せながら答えた。


「できました!お待たせです!」


浅川の声が上がった。今日の賄いは、東西うどん食べ比べセット、だし巻き卵、サラダだ。


宵の明星の面々はみんな大喰らいだから、うどんは関西風と関東風のをひと玉ずつ。おかわりも茹でてある。


「さあ真白君、浅川君、食べ比べてみて!」


まずは色の濃い関東風。


うん。普通のうどんだ。


次に関西風。


あ、味が薄い。というか、麺つゆじゃなくて出汁がそのまま汁になってる感じがする。


「どっちが好き?」


灯が目をキラキラさせて聞いてくる。


「甲乙つけ難いです。どっちも美味しい」


真白が言うと、浅川も続く。


「はい。どっちも美味しいです。でも違いははっきり分かりますね」


「でしょ!なのにあの鼻垂れ小僧!」


「まぁ食べ慣れた味と違うのが出たから反応しちゃっただけだよ。もう忘れろ」


「はーい。浅川君、凄く美味しくできてるよ。茹で具合もつゆの濃さもバッチリ」


「ありがとうございます。マスターと灯さんのおかげです。真白君もありがとうな、先にやらせてもらっちゃって」


「とんでもない。本当に美味しいですよ。俺も何を教えていただけるか分かりませんが、頑張らないと!」


浅川の作ったうどんは本当に美味しかったから、真白も気合いが入る。いきなりこれくらい上手く作ったら家族はさぞびっくりするだろう。


その後はマスターと灯から、出汁の取り方やうどんの具材に付いて色々な話を聞いた。


自炊していると、乾麺を茹でて食べる機会が多い。そのため、2人の話はとてもためになるものであった。


帰宅してシャワーを浴びようとその用意をしていると、田坂からメッセージがきた。


"仕事おつかれさま。灯さんどうだった?"


"ありがとうございます。灯さんはいつもの灯さんでした。今日はマスターの指導のもと、浅川さんが賄いを作ってくれましたよ"


"え?浅川さんが?手伝ったとかじゃなくて?"


"はい。浅川さんが主体で、マスターが手伝った形です"


電話がかかってきた…


「もしも…」


「何があったの?私が知る限り、マスターと灯さん以外が主体で料理をするってなかったよ!あ、入江君のお母さんは別ね!」


これはデジャブか…?つい最近どっかの誰かも全く同じ事をしてきた気がする。


何はともあれ事情を説明した。


「そうだったんだ。私も何か教われるのかなぁ」


「間違いなく。僕も近いうちに教えてもらえるそうですから」


「うわー!楽しみ!でも浅川さんのうどん食べたかったなぁ」


「浅(・)川(・)さ(・)ん(・)の(・)うどんですか。そうでしょうね」


「あ、いや!うどんが食べたくなったなってだけだよ!」


「そのうち田坂さんと浅川さんが被った時に賄いを作らせてもらったらいいんじゃないですか?ほら、男は胃を攻めろって言うじゃないですか」


「はぇ?い、いや、そんなんじゃないし!ちょっと関西とか関東とか気になっただけだし!じゃまたバイトでね!おやすみ!」


切れた。


うん。これもあの人と全く同じだ。


何とも青臭い話を聞く羽目になったが、この先田坂がどう動いていくのか楽しみでもある。


服を脱いで洗濯機に放り込みながら真白は考える。


明日の講義は午後からだ。


昼食にうどんを茹でてみようか。


今日教わった事を活かして。

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