パスタ
浅川からSNSメッセージに送られてきたイタリアンレストランは、前にニコラと行った登山用品店を通り過ぎて少し行った場所にあった。
多種多様な飲食店が並んでいる一角にあり、昼時のピークをずらして昼食を摂りにくる客で思ったよりも賑わっていた。
「あ、あそこですね。瀬尾先輩?」
瀬尾の歩くスピードがいきなり遅くなった。
彼女なりに緊張しているらしい。
「緊張してるんですか?すごく大人な方なので心配いりませんよ。一緒に昼飯を食べるのも嫌だったらはっきり断る人ですから」
「うん」
「着きました。入りましょう」
真白が扉を開けると、瀬尾は深呼吸をした後で扉を押さえる真白にありがとうと呟いて中に入った。
「日向くん、瀬尾さん、こっちだよ」
壁際の席で浅川が手を振っている。
「お待たせしました。お店も探して下さってありがとうございます」
真白はそう言って浅川の隣に座る。
「僕も久しぶりに来たかったからちょうど良かったよ。瀬尾さん、こんにちは。どうぞ遠慮なく」
浅川が前のソファー席を手で示す。
瀬尾が来る事を知っていたから、先に着いたにも関わらず向かいの椅子の席に座っていた浅川。真白の男道の引き出しが一つ増えた。
そして何故か真白の正面に座る瀬尾。
「あ、ありがとうございます。き、きょ、今日は突然ご一緒してすみません」
「いいえ。こちらこそいつもうちの店を贔屓にしてもらってありがとう。ゆっくり話すのは初めてだね。まぁ話すのは後にしてまずは注文しよう。僕はもう決まってるから2人はゆっくり決めて」
「「は、はい!」」
2人同時に返事する。なんか俺まで緊張してきた。
真白に瀬尾の緊張が伝染したようだ。というか、やっぱりゆっくり話すのは初めてなんじゃねぇか。という目で瀬尾を見る。しかし、当の本人は緊張でそれどころじゃないらしく、浅川から渡されたメニューをすごい形相で睨むように見ている。真白もメニューを見る。パスタがすごい種類ある。
「2人ともまだランチタイムだから、ランチタイムセットのAかBはどう?僕はBセットにするよ」
「いいですね。では俺はAセットにします」
真白はカニクリームパスタがメインで、サラダとスープ、ソフトドリンクが付いたやつにする事にした。浅川が頼むBセットはサイドメニューはAセットとおなじで、アサリとコンソメの和風パスタがメインになっている。
「瀬尾先輩は決まりましたか?」
「わ、私はBセットにする!うん!」
何の"うん!"か分からない。
「じゃ注文をお願いします…」
浅川が店員を呼んでサラサラっと注文してくれた。
店員が去ると、浅川は水を一口飲んで2人を見た。
「改めて宵の明星の浅川です。瀬尾さん、今日はよく来てくれたね」
浅川が会話の先陣をきる。
「あ、はい。あの、こちらこそです。瀬尾です」
緊張がほぐれないらしき瀬尾に浅川は真白との関係を尋ねる。
「私の入っているゼミが町案内ツアーを主催しまして…」
そこからは瀬尾が喋って浅川が質問して、たまに真白に浅川からボールが飛んでくる。そんな感じの時間が続いた。瀬尾もだんだん緊張がほぐれてきたようで、いつもの明るい彼女らしさが出てきた。
そんな時に料理が配膳された。ホカホカと湯気を上げるパスタの良い匂いが食欲をそそる。
「温かいうちに食べよう。いただきます」
浅川の号令で3人は食べ始める。
うん。このパスタは美味い!
この店の料理はイタリアで修行をしたシェフが作っている本場の味が売りらしい。
考えてみれば、本格的なイタリアンレストランで食事をするのなんて初めてだ。一方でパスタに関しては言わずもがな今までの人生で何度も食べてきたし、一人暮らしを始めてからはレトルトソースを使ってよく作っている。
舌が肥えていない真白みたいな奴は何を食べても同じだろ。とか思った人もいるだろうが、そしてそれはその通りなのだが、そんな彼にも分かるほどこの店のパスタは洗練された味をしていた。
「凄く美味しいです。クリームパスタなのにくどくなくて、むしろサッパリしています。市販のレトルトソースとは比べ物にならない」
真白は驚きの声を上げる。
「本当に美味しい。麺もモチモチしていて食べ応えがあるね」
瀬尾も気に入ったらしく満面の笑みを浮かべている。
「口にあったみたいで良かった。僕もグルメじゃないけど、この店のパスタが美味いって事だけは分かるよ。マスターと灯さんから教えてもらったんだ。あの2人もたまに来るらしいよ」
浅川も2人の反応を見て嬉しそうだ。
「マスター夫婦は本当に仲良しですよね。休みは山に行くだけじゃなくて、食べ歩きにもよく行くって言ってました」
マスターは料理人は知識や経験だけではなく閃きも大切だと言っていた。自分の店や近隣の店だけではなく、またジャンルの垣根を越えて色々な料理を食べる事で新たな発見があるのだという。灯もその話を聞きながら腕組みをしてうんうんと唸っていた。その時は灯にマスター並みの料理の腕があると知らなかったので、"この食いしん坊が"くらいにしか思わなかったが、真実を知った今になってみると他店の料理を食べ比べながら2人がどんな話をするのか気になる。
「浅川さんもよく食べ歩きをされるんですか?」
スープを啜ってホッと息を吐いた瀬尾が尋ねる。
「よく行くって程の頻度じゃないなぁ。主人公が色々な飲食店でひとり飯を楽しむドラマが好きでね。その主人公が訪れた店に行ってみたりしているよ」
「私もそのドラマ大好きです!お腹が空いている時間に見るとまさに飯テロですよね」
「瀬尾さんも見ているんだね。都内の店が多いから行きやすいんだよ。でもあの主人公みたいなドカ食いはできないなぁ。年をとったなぁって思うよ。そうは言っても主人公はもっと年上だから何とも言えないけどね」
浅川はそう言って苦笑いした。
年をとるか。そういえば浅川の年を聞いたことがなかった。見た目は二十代後半といったところか。でももっと若くも見えるし、逆に年を重ねた貫禄もある。前に座る瀬尾はというと、"今だ!早く聞け!"と言わんばかりにパスタをもぐもぐしながら上目遣いに真白をチラチラ見てくる。真白はフゥッと少し息を吐いて口を開いた。
「聞いたことがありませんでしたが、浅川さんはおいくつなんですか?」
まさにド直球だ。
「そういえば言ってなかったね。40歳だよ」
「「えーーーーーー!?」」
ハモった。瀬尾と真白の息がぴったり合った瞬間だった。ランチタイムを過ぎている割には、店内は割と混んでいてザワザワしていたからそこまで目立たなかったのは幸いだ。
「浅川さん!若過ぎでしょ!」
「いや、40はもう若くないよ」
いや、そうじゃなくて…
瀬尾のベタな反応に浅川は天然ぶりを発揮している。
あー、もう!言葉って難しいな!
「驚きました。日向くんは知らなかったようですが、宵の明星の他のメンバーはみんな知ってるんですよね」
「もちろん。日向くんが入る前にいた女性従業員が今年の春先に辞める時に28歳だったからマスター夫婦以外では僕がダントツ年上だね。日向くん、敬えよ」
「あ、はい…いやいや…浅川さんはずっと宵の明星で働いているんですか?」
「オープンから1年後から働いてるよ」
浅川のカミングアウトが始まった。




