若いね 2
初登山の翌日、真白は大学のキャンパスを歩いていた。
見慣れたはずのキャンパスは、心なしかいつもよりも人口密度が高い気がした。
あと1コマで今日の講義は終わる。そしたらまたあの店に行ける。
前に行った時には登山のことを何にも知らなかったから漠然と陳列棚を見ているだけだったし、ニコラの説明も他人事のように聞いていた。
でも今日は違う。
ちゃんとチェックするものを決めているし、服だって試着してみようと思っている。
真白は昨日の登山で宵の明星に集合した際にみんなが着ていたウィンドシェルが気になっている。畳むと手のひらに収まるくらいに小さくなるから持ち運びにも便利そうだし、あれ一枚で結構な保温性もあるという。
給料日までまだしばらくあるから購入はできないけど、もし良いものを見つけられたら、それはそれでこの先の楽しみができるというもの。田坂も認める登山のエキスパートである浅川が同伴してくれるし、長居しちゃいそうだ。
そんな事を考えながら鼻歌でも歌わんばかりに足取り軽く歩いていると、同じ講義をとっている学生に話しかけられた。
外国語。この大学では学部・学科関係なく全学生に第2言語の科目履修を必須としており、真白は英語を履修している。語学のクラスだけあって、少人数制を敷いているので同じクラスの学生とは他の講義の時と比べて距離が近くなる。今、真白に話しかけたのは席順の関係でよく会話の練習を一緒にしている男子学生の1人だ。
「日向!昨日の朝早くに高尾駅の方から高尾山口駅方面に歩いていかなかった?友達の車で出かけるところで、赤信号で止まっていたら横を歩いてるのを見かけたんだ」
狭い町だけあってよく見られてるな。
「ああ、バイト先の先輩達と山登りに行ったんだ」
「あのめちゃくちゃ可愛い子と?あの子山登りするの?」
可愛い子って…
「他の大学に通っているバイト先の先輩だよ。3年次だから学年も先輩だぞ」
「(そんな事ないとは思うけど)付き合ってんの?」
あー、こういう会話は苦手だ。誰が誰と付き合ったってお前には関係ないだろうに。
「付き合ってないよ。ただのバイト仲間」
「名前なんていうの?今度あの子がいる時に店に行こうってみんなで話してるんだ」
「この個人情報にうるさい時代にペラペラ話すわけないだろ。でも店に来てくれるのは大歓迎だ。いつでも来てくれ。じゃ俺の教室あっちだから」
おう!近いうちに行くわ!じゃな!と挨拶を交わして彼らと別れた。
田坂が彼らを相手にするとは到底思えなかったが、一目見た男子をイチコロする魅力を持っている事は間違い無いから彼らに気にするなという方が酷だろう。
しかし俺と田坂さんがカップルに見えたのか。あいつら良い事言うじゃないの。
満更でも無い気持ちになった真白は鼻の下をいつもより数センチ伸ばして講義を受けるのだった。
ちなみにあの学生は、2人がカップルに見えたとは一っ言も言ってない。彼らは"そんな事ないと思うけど…"という前置きの元で聞いたのだ。
講義が終わると真白はいそいそとバス停へ向かった。
最近は高尾の街中をバイクで走るのに慣れてきたので愛機で通学していたが、今日は帰りにそのまま駅に行って電車で立川に向かうのでバスを利用した。
バス停は混雑していた。これが嫌でバイク通学している。
列に並ぼうと最後尾に向かうと、ちょうど同じようにバス停にやってきた女子学生と男子学生の2人組とかち合わせた。
「あ、君はツアーに参加してくれた新入生だな。えーっと…」
男子学生が言い淀んでいると、女子学生が助け舟を出す。
「日向くんだよ。宵の明星での仕事はどう?ニコラちゃんにもう働き始めたって聞いたけど」
桜田と瀬尾だ。
「お久しぶりです。桜田先輩、瀬尾先輩。仕事は大変ですが、従業員の皆さんに良くしていただいて楽しく働いています。今日も今から先輩にお付き合い頂いて登山用品を見に行くところです」
列に並ぶ際に2人はさり気なく真白を前に入れてくれた。ぺこりと頭を下げて遠慮なく2人の前に並ぶ。この2人のこういうところが真白が好感をもつ理由だろう。
「日向くんも登山を始めたのか。ニコラがあそこの店主夫婦に懐いていて、よく一緒に山に行っているのは知っていたけど。あの店の従業員はみんな登山をするらしいから必然と言えばそうか」
「誰と行くの?あの美人な人?」
田坂の美貌は老若男女問わず刺さるらしい。
「いえ。今日は男性の先輩に付き合ってもらいます」
「あの爽やかなイケメンか。あぁ、先に言ったようにニコラがあの店の従業員と仲が良い関係で、連れられてたまに食事に行くんだ。僕もあの店の料理や雰囲気が大好きだから満更でもないんだけどね」
美人やらイケメンやら従業員をよく知ってる風な2人の反応に怪訝な顔をする真白に桜田が説明する。
「そうでしたか。今日付き合ってくれるのは桜田先輩がおっしゃったイケメンで間違い無いです。ってあれ?瀬尾先輩?」
制汗スプレーを体にぶち撒けている瀬尾に声をかける。彼女は制汗スプレーのあとはカバンから鏡を出して化粧と髪型をチェックしている。
「日向くん。浅川さんとは高尾駅で待ち合わせてるの?」
「いえ、立川です。あれ?浅川さんとお知り合いですか?」
「私も立川に用事があるんだけど、一緒に行こうか。そう。登山用品を久しぶりに見ようかなと思っていたの」
「は?」
そんな偶然あるわけないだろ。ってかあんたが登山やるなんて初耳だぞ。と質問を無視された真白が思っていると、
「そんな偶然あるわけないだろ。それに登山をやっているなんて初耳だぞ。浅川さんと会いたいから一緒に行ってもいい?って素直に聞いたらどうだ」
桜田が代弁した。いや、そうだけど。桜田、そういうところだぞ。と真白は心の中で突っ込んだ。
「あんたは本当に女心が分かってないね!だから田坂さんに相手にされないんだよ!」
ん?桜田?
「ぼ、僕はそんな邪な考えであの店に行ってるわけじゃない!いつもニコラがあそこで食事をしようと言うからそれに付き合ってるだけで…」
「日曜日なら付き合うとか言ってるらしいじゃん。ニコラちゃんが面倒くさいって言ってたよ」
「面倒くささならお互い様だろう。瀬尾こそいい加減に浅川さんに連絡先くらい聞いたらどうだ?ニコラを使ってシフトを確認してから行くのは一歩間違えたらストーカーだぞ」
「はぁ?ストーカー?ぶん殴るから眼鏡外せ!」
と瀬尾が桜田に詰め寄ったところで真白達が乗るバスのドアが空いた。
「あ、お二人はどうぞ続けてください。では失礼します」
と我関せずでバスに乗った真白にブーブー言いながら2人がついてくる。
どうやら2人は宵の明星の常連で、浅川や田坂の事も知っているらしい。
「桜田先輩が田坂さんを好きで、瀬尾先輩は浅川さんが好きという事は分かりました。瀬尾先輩が武闘派で、桜田先輩はその殺気を受けても動じないメンタルを持っている事も分かりました」
真白がそうまとめると、
「まぁ瀬尾の短気はいつもの事だからな」
「お前がいつも一言多いからだろ!」
真白はまだやり合ってる2人にため息をつきながら言う。ってか浅川と田坂のことを好きって部分は訂正しないのか。
「バスの中で騒ぐのはやめて下さい。みんなに迷惑だし、運転手さんが怒りますよ」
「「ごめん」」
同時に言う2人を見て、この2人で付き合えばいいのにと思った。
「そういえば桜田先輩がニコラ先輩主催のツアー用のポスターとかを作るって聞きました」
「あぁ。彼女は彼女で頑張っているからな。それに僕のツアーの際には準備や下見から協力してくれたんだ」
意外だった。
「てっきり手伝うって言いながら途中でバックれたクソ野郎かと思ったでしょ?」
今度は瀬尾が真白の気持ちを代弁する。
「クソ野郎とまでは思いませんが、限りなくそれに近いことを思いました。みなさん助け合いながらやっているんですね」
「上手くまとめたねぇ。結局は貸し借りだよ。貸しをつくっておけば自分の番の時に遠慮なく助力を求められるし、借りを返さないと次から誰も助けてくれなくなる。知ってる?人生って貸し借りで成りなってるんだよ」
その言い方はニコラを彷彿させるな。
そんなこんなであっという間に駅前に着く。
「それでは俺は駅に向かいますので失礼します」
そう言って別れようとした真白に、
「待ってよ。私も行くってば」
瀬尾がついてくる。
「日向くん、彼女はこうなったら引かない。よろしくな。瀬尾もこんなチャンス滅多にないから頑張れよ」
ちょっと待って。と言わん顔をしている真白を残して桜田は去って行った。田坂にあいつの恥ずかしい事を話してやる。
「立川に着いたらすぐに店に向かうわけじゃないんですよ。まず昼飯を食べようって話しているんです」
「いいね!ちょうどお腹空いてるんだ!」
いや、そうじゃなくて。
「瀬尾先輩と浅川さんは面識あるんですか?」
改札口を入り、ホームに向かいながら真白が尋ねると、瀬尾がビクッとして挙動が変わる。
「あ、あるよ。な、な、何回も話してるし」
それって接客の中でじゃないかな?でも面識あるなら聞くだけ聞いてみるか。なんか瀬尾の声が少し震えている気がするが…
「今浅川さんに連絡するのでちょっとお待ちください」
「え?連絡?あ、う、うん。そうだね…お願い」
硬い表現で瀬尾が頷く。やっぱり声が震えている。
浅川に現状を話したところ、驚いた事に瀬尾の事も桜田の事もしっかり認識していた。ニコラの仲間というのがでかいのかな。まぁ彼女が付き合っている人間に悪い奴はいないだろう。昼食にも是非ご一緒にとの返事をくれた。
ソワソワしながら、チラチラこっちを見ながら待っている瀬尾にそれを伝える。
「瀬尾先輩、お待たせしました。あれ?どうしたんですか?」
ギュッと握りしめたハンドタオルがプルプル揺れている。
「な、なんでもないよ。で…どうだって…?」
言葉尻が萎んでいる。あぁ、そういう事。可愛いところあるじゃん。
桜田や真白の前だったから、いつもの勢いであんな強気な態度をとったくせに、いざ真白が浅川に連絡する時になって怖くなっちゃったらしい。
調子に乗りすぎたかも…断られたらどうしよう。嫌な顔をされたらどうしよう。って思い始めたらしい。
何を今更。と思う反面、恋のひとつやふたつくらいならしたことがあるから気持ちは分かる。
"胸が張り裂けそう"という状態は何も悲しみだけが理由ではない。今の瀬尾の心境もそう言えるだろう。だから変に意地悪はしない事にした。
「"是非ご一緒しようと伝えて"と言われました。場所は浅川さんおすすめのイタリアンのお店だそうで、先に行ってるとの事です。了承してしまいましたが、瀬尾先輩はイタリアンは嫌いじゃなかったですか?」
「え?本当?迷惑じゃない?行っていいんだよね?嫌そうじゃなかった?」
「はい。俺は構いませんし、ノリノリでしたよ。浅川さんが嫌がってる時には声色が変わるので分かりやすいんですよ」
「そう、声色が…だ、だよねー。だって話した事沢山あるし。みんなで行った時にはいつも私が注文係だし。ちょうどパスタが食べたいなと朝から思っていたんだよねぇ」
ちょっと何を言っているか分からないが、発言が支離滅裂になるほど緊張していたんだろう。
また手鏡を取り出そうと鞄をガサガサし始めた瀬尾を煽ってホームに移動して電車に乗り込む。
瀬尾は懲りずに車内でも手鏡を見ながら髪型や化粧をチェックしていた。真剣な表情だ。
「ね、ねえ、浅川さんとはいつもどんな話をするの?」
情報収集にも余念がない。
なんか急に雰囲気変わったなこの人。
それならば手助けしようホトトギス。
「とっておきの情報を教えましょう。昨日聞いたのですが、浅川さんはボカロPとして活動しているようです。メインはアーティストから依頼を受けてのMV作成との事ですが。音楽は好きなんじゃないですかね」
「そうなの!?私もボカロ大好きなんだ!本当だよ!」
「疑ってませんよ。でも俺から聞いた感じじゃなくて、上手くその話に持っていって下さいね。信頼してますからね」
「ま、まかせて!日向くんに迷惑はかけません。ありがとうね」
うしうしPの話や浅川の作った曲の話はしなかった。そこには食事をしながら自力で向かって行ってもらおう。でもこれだけは言っておく。
「貸しひとつですよ。瀬尾先輩」
瀬尾は眩しいばかりの笑顔でニッコリと笑った。
恋する乙女は美しいってのは本当だなと思った。




