若いね
「浅川さんも今日行きたかったんだね」
イタズラが成功した子供のような笑顔で田坂が言った。
賄いを食べている灯に代わって入江母が厨房に入ったあと、話に入りたそうにこちらをチラチラ見ながらホールをウロウロしていた浅川を思い出して言う。
「はい。あんな浅川さんは初めて見ました。浅川さんには今日まで沢山のアドバイスをしてもらいました。明日も次の登山に向けて良い道具を見つけられたら良いなと思っているので、一緒に行ってくれるのは凄く頼もしいです」
「そうだね。浅川さんは中学生の頃から登山をやっていて雪山にもガンガン入っていたから、山の知識は店で1番じゃないかな」
「雪山ですか。浅川さんは田坂さんみたいに走るわけじゃないんですか?」
「走るよ。でも私みたいに走ることに極振りしてないんだ。何ちゃらアルプスとかのピークハントやら縦走も興味がなくて、人がいないマイナーな山をタラタラ歩くのが好きだって言ってた。人間がいない所に行きたいんだって」
「山に行ってまで人混みは勘弁して欲しいのは分かります。でも景色が良かったりで人気のある山はそうなっちゃうのかな」
「そうだね。好みは色々あるけど、人気のある山は万人受けする物を持ってる気がする。それにプラスして個性を出してくるのが、浅川さんとか灯さんみたいな変わった人を惹きつける山なんじゃないかな。親しくならないと分からない魅力を持ってる人ってそうだもんね」
「それで田坂さんは浅川さんみたいな個性的な方がタイプなんですか?」
「あ…わ、わ、わ、私のタイプの話をしているわけじゃないから」
あの田坂が動揺している。心なしか耳も赤い。
あ、そういうこと…
「失礼しました。でも田坂さんの言う通りだと思います。魅力的なモノも人も、独特の個性を出しているから惹かれるのかと思っていましたが、言われてみればベースとして万人受けする物がありますよね」
「だよね。浅川さんは雰囲気も口調とか性格も特徴的じゃないけど、山の話とか自分の興味がある話になると止まらないんだから。そういうふうに熱くなれる物があるってカッコいいと思う。私も浅川さんに好きな事はとことんやった方がもっと楽しくなるって言われてさ。それが今のライフスタイルになったキッカケ。それに浅川さんはソロキャンプも好きでね、焚き火しながらボーッとするのがいいんだって。私も今年の秋くらいから始めてみようかなと思ってるんだ。」
いや、誰も"浅川が"とは言ってないんだけど…
しかしこの人もこの人で浅川の話になると止まらないな。
「それは良い言葉ですね。俺にも刺さりました。せっかく周りにエキスパートが沢山いる環境に入ったんだから、少しずつ山の事を知っていきたいなと思います。今日が凄く楽しかったから」
「なんでも聞いてね」
「はい。では、田坂さんは浅川さんの事をいいなって思ってるんですか?」
「は?いや、なんでもってそういう事じゃなくて…何でそうなるかな…」
真白のど直球な質問に田坂が狼狽している。また首をグリンってして怒るかなと思ったけど…予想外の反応に少し戸惑う。
「いや、浅川さんの事をよく知ってるなと思って。すみません。いきなり踏み込みすぎました」
「だって同僚だし!いや、本当にそういうのじゃないんだよ。師匠みたいな感じかな。好きなんだけど、付き合うとかの恋愛感情ではない。本当だよ!」
「疑ってませんよ。そういう気持ちは分かります。誰も信じちゃくれないでしょうけど」
「ちょっと!ニコラちゃんに変な事言わないでよ!あのちんちくりんは人を茶化すために生まれて来たような人間なんだから!」
「絶対に言いません。言ったら俺も巻き込まれそうですから」
「あはは。間違いないよ!"日向くん、残念!"とか言ってくるよ。きっと」
「はい。は?え?いや、そ、そ、それはどういう…」
「じゃ私はこっちだから。またお店でね」
最後にカウンターを喰らって立ち尽くす真白。
何とも物申したくなるセリフを残して田坂は帰って行った。
イタズラが成功した子供のような笑顔を残して。




