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真白-ましろ-  作者: 格之進


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30/73

がんばれ!ニコラ

ニコラは桜田のツアーを途中でばっくれた後、すぐに自らが主催のツアー開催に向けて動き始めた。


大枠は出来上がっていた。やりたい事が明確だったから教授と事務職員に提出する申請書と計画書は出来上がっていた。だが、自分の意図する通りに参加者に動いてもらい、自分の意図する反応を得る自信がなかった。だから書類は完成していたものの、教授への提出をためらっていた。


そんな折に桜田のツアーを思いっきり満喫している真白や他の参加者達を見てその考えは変わった。


それが楽しいか、楽しくないかはニコラが決める事じゃない。参加者が決める事だった。


桜田の意図しない楽しみ方をしている者もいた。だが、参加者達はみな凄く楽しそうだった。その表情を引き出す事がツアー企画者に求められている全てであるように感じた。


もちろん桜田ツアーのように成功するとは限らない。


精一杯の準備をして、それでも反応がイマイチだったら、何がダメだったかをリサーチしてやり直せばいい。それを繰り返す事で参加者目線というやつが身につくのだろう。


失敗を失敗と認められない奴には成長はないと幼い頃から叩きこまれたニコラは「失敗はない。これでは上手くいかないという事が分かった。という計画完遂までの過程の一つに過ぎない」そんな綺麗事は大嫌いだ。


"失敗してもいいや"みたいなテンションで"とりあえずやってみる"。ニコラはそれこそ時間の無駄だと思っている。


一生懸命に作り上げて、自信をもって挑んだ先に成長がある。そう信じているからニコラは手を抜かない。とりあえずなんて中途半端なセリフが嫌いだった。失敗は必要とか言ってきたけど、一発で成功することがベストに決まっている。負け犬のための綺麗事を吐いて失敗した時の自分の心を慰める緊急避難みたいなのはしたくなかった。


詰めが甘いこと、穴があることを分かっていながら行動に移すのは愚かなことだ。不安要素は準備の段階で全て取り払わなくてはならない。どんなに完璧に準備をしても行動に移した後には須らく不足の事態が起きるものだから。準備の段階でこれくらいなら何とかなるだろうと妥協すると本番で次から次に起こる厄介ごとの処理に手が回らなくなり破綻する。


桜田から自分も挑戦する勇気をもらって動き出したニコラだったが、計画書や申請書を見た教授から重箱の角を突くような指摘をされた。加えて急に安全のためにガイドを手配しろと言われ、灯に助力を求めに行った。


ニコラはギャーギャー文句を垂れたが、灯の反応は違った。


「"自信があったのに上手くいかなかった"という状況が成長に必要なの。まだ改善すべき事があるって分かってるなら、それを改善してからやらないと挑戦ではなく、ただの作業になる。それに参加者にもここまで頑張った自分自身にも失礼だよ。とりあえずやってみなよとか、思い切って飛び込んでみれば上手くいくものだよってセリフは、たまたま上手くいった一握りの人間が言う事。そもそも上手くいかなかった人間はそんな話をしたがらないから、必然的に上手くいった人間の話が誰にでも当てはまる当然の結果のように話されていく。そいつらはあんたが失敗して取り返しがつかない状況になっても絶対に何にもしてくれないよ。逆に一緒に計画の粗探しをしてくれる教授のような方を大事にしなさい」


灯は続けた。


「2つ助言する。1つは大学の名前でやるなら大学のルールに則ったやり方でやる事。あなたは今はまだ大学に守られている学生。だからルールは納得いこうがいくまいが守るのが筋。それが出来ないなら全部自己負担・自己責任でやりなさい。2つ目は、一つ一つの計画が上手くいかなかったり、計画その物が頓挫した時の為の代案を必ず考えておく事」


ニコラは灯にそう言われてすぐに動いた。


初登山の人の体力を考えてコースタイムを組み直し、ガイド役の灯だけでなく、体力のある瀬尾と桜田にサポートを頼み、人員を増やして、参加者が途中で体調を崩すなどしても主催者側の人間が付き添って対応できる手配を整えた。途中で長めの休憩を取れる場所を手配して、山頂まで行く登山メインではなく、途中の薬方院までの参拝ツアーに変更した。また、悪天候時には滑って転倒するリスクを加味し、無理して急峻な参道を歩く事は避けて往復ケーブルカーを使う事にした。


教授に指摘された書類の穴も埋めて合格をもらい、灯達に協力の確約を取り付けたニコラは意気揚々と計画書と申請書を事務局に持って行った。


が…


「予算を出すか決める事務局がね、灯さんが登山ガイドの有資格者じゃないから実績がある信頼できる人を手配しろとか、参加者全員が山岳保険に加入する事とか、参加者には参加同意書として一筆書いてもらう事とか、登山計画書を作成しろとか色々言われてさ。灯さんはお客さんに頼まれて高尾山では何度もガイドみたいなのをしてるし。登山計画書って…高尾山の参道を歩いて登って、薬方院まで行って、ケーブルカーで降りてくるだけだよ。そりゃ、登山って言えば登山だけど、そもそも登山道に行かないんだから誰が見てもそんなの必要ないって分かるでしょ?まぁこんな事言ったら一部のキモい正義マンや正論マンが噛み付いてくるんだろうけど。もう相手にするのもバカバカしくて。教授も事務局にかけあってくれたんだけど、ゼミでやるツアーで何かあったら学校の責任問題になるから、言った通りにできないなら許可できないの一遍答だったって。だから灯さんと話して、宵の明星主催のツアーとしてやる事にしたの。教授もそれでちゃんとレポートを書けば単位くれるっていうから。参加者は学生じゃなくて、一般の人になるけど。日向くんも参加してね」


ニコラは一気に喋ると、まだ納得いかないとでも言いたげに「ちぇっ」と呟いて唇を尖らせる。


「まあまあニコラちゃん。私も参加するから。終わったら打ち上げで駅の近くの温泉いこうよ」


田坂がニコラの肩をポンポンと叩きながら慰める。


「絶対行く。灯さんも連れてく。…日向くんも行くよね」


ニコラにしては珍しく、自信なさげな目で真白を見る。


「ツアーも打ち上げも行きますよ。しかしツアーの打ち上げというか宵の明星の打ち上げになりそうですね」


それを聞いたニコラは「確かにそうだね」と言って嬉しそうに笑った。


真白はワクワクした声で答える。温泉は久しぶりだ。

駅のすぐ裏にある温泉のことだろう。一度行ってみたかった。


「温泉か。いいなぁ。山と温泉はセットだからな。ツアーガイドは灯じゃなくて俺じゃダメか?」


マスターが立候補してきた。


「私は2人ならどちらでもウェルカムだから、灯さんと喧嘩して決めてよ」


「いや…それは…俺が勝てるわけないだろ…」


マスター夫婦のパワーバランスは真白が思っている通りらしい。


昨日のゼミの際に教授から正式な許可が下りたらしく、ニコラは宵の明星に貼るポスターやSNSに載せる画像の制作を桜田に頼んだらしい。彼はそういうのが好きなんだそうだ。あくまでもニコラ曰く。


「ニコラちゃん、そういうとこだぞ。灯に責任感を持てって怒られたのは」


お、マスターからの厳しくて愛のある指摘。


「適材適所。向き不向き。桜田はああいうのが本当に得意なの。私が変な意地を張って作った見窄らしい物をお店に貼るより、上手い人が作った綺麗なやつを貼った方がお店にも見る人にも優しいでしょ。それに桜田にはツアーのサポートをした貸しがあるし」


ニコラはそう言ってフフンと胸を張るが、真白はこいつが桜田ツアーを半分でバックれたのを忘れていない。桜田が借りを受けた分だけ返す人間なら、ニコラが頼んだポスターやSNSの画像がきっちり半分だけ出来ている状態で持ってくるだろう。その時のこいつのツラを拝むのが楽しみだと思った。念のため桜田にジャブを打っておこうか。


「なんでニヤニヤしてるの?」


ニコラが真白の顔を覗き込んできた。桜田の仕事を見たニコラのハニワ顔を想像していたら、知らないうちにニヤついていたらしい。


「いえ、何でもないです。ツアーは週末にやるんですか?」


「うん。一般から公募するなら平日は集客が難しいからね」


「バイトが入ってなかったら行きます。灯さん、田坂さんがいないなら浅川さんとマスターだけになっちゃうし」


「入江くんのお母さんがいるじゃん」


「ニコラ先輩は入江のお母さんとも面識あるんですか?」


「ないよ。でも今日入ってくれたなら、その日も入ってくれるよ」


あんたね。


色々と言いたいことはあったが、仕事に関しては真白が決める事ではない。マスターの方をチラッと見ると、


「義姉さんには灯がもう確認しているみたいだぞ。それで協力するって言ってるならオッケーなんだろ」


宵の明星関係者はみんな「何とかなるさ。知らんけど」という精神で生きている。真白もそのうち彼らのようなタフなメンタルが身につくのだろうか。


「分かりました。俺も楽しみにしています。日程が決まったら教えて下さい」


「うん。7月、8月は暑すぎるから、9月下旬かなー」


9月下旬といったらもう秋だ。その時自分は何をしているのだろうか。


何にせよ、ニコラはここまで1人で走り続けてきた。こいつは人間的に色々とアレなところがあるが、ことツアーに関してはでかい口をきくだけじゃなく、ちゃんと行動している。言行一致している奴はなんか応援したくなる。がんばれ、ニコラ。と心の中で呟いた。


そんな事を考えていたら国道20号にぶつかるT字路に到着した。横断歩道を宵の明星サイドに渡ったところで一向は立ち止まり、


「俺は一旦店に帰るけど、みんなはどうする?」


マスターがみんなに聞く。


ここで解散なのか?どうしようかな。と真白が考えていると、


「私はこのまま帰ります!今日は誘ってくれてありがとうございます!またお店に遊びに行きますね」


そう言ったのはニコラ。マスターから「おう!お疲れさん。気をつけて帰ってな」と言われると、3人に手を振って高尾駅の方へとっとと歩いて行った。田坂もバイバーイと手を振っている。いつもこんな感じでサラッと解散するようだ。


「私はお店に顔を出して行くよ。日向くんもニコラちゃんみたいに気にせず直帰していいよ」


田坂はそう言うが、今日働いている3人に一言言うべきだろうと思ったので、


「俺も店まで行きます。灯さんや浅川さんには今日のための準備について色々教えてもらったので、無事行ってきたと報告したいです。あと、入江のお母さんにも挨拶しておこうかなと思いまして」


「じゃ、行くか。店でお茶飲んで一息つこうや」


そう言ったマスターに真白と田坂はついて行く。


前を歩くマスターが背負っているリュックは朝よりも縮んでいた。


旅行に行くと帰りの方が荷物が多くなるけど登山は逆なんだ。行きよりも帰りの方が身軽になる。


旅行に行くと、向こうでお土産だけでなく沢山の楽しかった記憶を持って帰ってくる。登山はそれとは逆だと思う。


登山は置いてくるものなんだ。


日頃のストレスや先への不安、今を生きている皆が抱えている目に見えないモノを置いてくる。


真白も自覚はなかったが、新生活でずっと気を張っていたのだろう。登る前よりも今の方が疲れているはずなのに、心も体も軽く清々しい気分だった。


マスターが「日向くんも好きな飲み物を飲んでいいからな」と言いながら振り向いてニカっと笑う。


田坂は後ろから「私はね、山から降りてきたあとはコーラで締めるって決めてるの。日向くんもそうしなよ」と自分のルーティーンを押し付けてくる。


コーラか…


いいな。


田坂のルーティーンに飲み込まれそうになったところで、朝みんなで集まった場所、宵の明星の前に到着した。

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