ランチタイム
景信山山頂は雰囲気が小仏城山山頂に似ていた。
ベンチとテーブルがセットになっている物がたくさん並んでいる。
その中で、座っても景色が見える場所を選んで各々のリュックを下ろす。
「さぁ、メシだメシだ!」
マスターがでっかいリュックからドカドカと業務用タッパーを取り出してテーブルに並べていく。
一つ、二つ、三つ…四つ?五つ?
いや、おかしいだろ。
確かにマスターのリュックは大きいよ。
でもこの量は…
「パッキングって言ってね、荷物の詰め方を工夫すると登山ザックは驚くほど沢山の物が入るんだよ」
ニコラが同じくマスターのリュックから出てきたフードコンテナから温かい味噌汁を人数分のカップに注ぎながら説明する。
「でもこの量は…いや、なんでもないです。俺も手伝います」
「じゃあそいつをみんなに配ってくれ。あと箸がザックの中にあるからそれも一緒に」
マスターが外したタッパーの蓋を指差して言う。
タッパーの蓋を?何で?
「不思議そうな顔してるね。少しでも荷物を減らすために蓋をお皿代わりに使うんだよ」
田坂はニコニコしながらマスターの手によって並べられる料理を見ている。
「はい、田坂ちゃん。これで味噌汁は全員分注いだよね。ほらぴったり!天才すぎて怖い!」
ニコラが空になったフードコンテナをみんなに見せている。でも確かに汁の量も具も配分がぴったりだ。本当に天才かもしれない。
昼食が並べられた。
・タッパー2つ分のお稲荷さん
・野菜と鶏肉の煮物
・サラダ
・綺麗にデコレーションされたフルーツ盛り合わせ
めちゃくちゃ豪華だ。冷めても美味い物をチョイスしているのもマスターのセンスを感じる。
「お稲荷さんの中身は、こっちから五目炊き込みご飯、ゴマ入りの酢飯、ちらし寿司のもと、チキンライスだ。日向くんの好き嫌いは聞いてなかったから苦手な物があったら気にせず食べられるやつを食べてくれ。それぞれのタッパーにトングがあるから各々好きに取ってな。じゃ頂きます」
マスターの食事前の挨拶を合図に他のみんなは同時に「いただきまーす」をしてから順番に好きな物をとり始める。
「はい日向くん、お待たせ」
田坂→ニコラと回ってきたお稲荷さん用のトングを受け取る。真白は自分が持っていた煮物用のトングを田坂に渡す。
とりあえず一つずつ。大きさも一口大のサイズで丁度いい。しかしチキンライスのお稲荷さんは初めてだ。
「あ、マスター、お待たせしました。どうぞ」
みんながワイワイ取り分けているのを嬉しそうに眺めているマスターにトングを渡す。
「お、ありがとう。遠慮なくモリモリ食ってな。ちゃんと食休みをしてから帰るから心配しないでいいから。まぁ食べ過ぎもあれか…常識の範囲内でうまくやってくれ」
これだけのご馳走を前に食欲をセーブするのは大変だ。早速お稲荷さんにかぶりつく。ゴマ入り酢飯のやつだ。
ん!?
「うっめー!!なんだこれ!!!」
ハッとして顔を上げるとみんなこっちを見ている。
一瞬の間を置いて笑いが起きる。
「日向くん!心の声が外に出てるよ!」
田坂が口元を抑えて上品に笑う。
「ちょ…あはは…ちょ…が…んぐっ…」
ニコラがお稲荷さんを飲み込むタイミングでの出来事だったらしく、びっくりして喉に思いっきり詰まらせてテーブルをバンバン叩きながら助けを求めている。
「ほらニコラちゃん。お茶。喜んでもらえて何よりだ」
フードコンテナの蓋に水筒からお茶を注いで渡しながらマスターが言う。
マスターはお茶も持ってきていたのか。
「本当に美味しいです。いくらでも食べられそう」
そう言って真白は二つ目のお稲荷さんにかぶりつく。今度は五目炊き込みご飯だ。
「煮物もよく味が染みていて美味しいね」
「やっぱり味の濃い物と食べるサラダはさっぱりしていていいなぁ」
田坂とニコラの箸も止まることはない。
「それだけ喜んでもらえると嬉しくなるな。うん。味噌汁も良い出汁がでてる」
マスターも満足気に食べている。
周りにはいくつかの登山者グループがいた。
みんな真白達が突いている食事を羨ましそうに見ている。
「豪華だなー」
「あの煮物すっごく美味しそう」
「味噌汁の良い匂いがするー」
ボソボソ話す声が聞こえる。
そりゃプロが腕によりをかけて作った料理だ。見栄えがするのも頷ける。
そんな周りの反応の中心にいる真白の鼻も心なしか伸びた気がした。
楽しい昼食だった。
今日ここまでの出来事を話したり、3人に初めての登山にしては立派だったと褒められたり、田坂にソフトフラスクとフィンガーレス手袋を見せてもらったり、ニコラが自ら持参したバナナをフルーツ盛り合わせの中にぶち込んでデコレーションを台無しにしたり。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
「あらかた食っちまったな。今日は大喰らいばっかりだからたくさん作ってきて良かった。じゃ片付けて帰る準備するか」
マスターにそう言われて我に返った真白は何だか寂しくなった。
「もう終わりなんですよね。あっという間だったな」
そう呟いた真白に田坂が釘を刺す。
「日向くん、まだ終わってないよ。家に帰るまでが登山だからね。登山の際の怪我や遭難のほとんどは下山中に起きてるんだからね」
「そうだよ!知ってる?木登り名人が木に登るときに一番集中するのは木から降りて地面に足をつける瞬間なんだって」
ニコラが便乗して蘊蓄を披露する。
真白はニコラの"知ってる?"から始まる蘊蓄は割と好きだ。
今回もなるほどと妙に納得した。
タッパーをリュックに詰め終わったマスターにみんなで同時に、
「マスター、ご馳走さまでした」
そう言うとマスターも、
「はい。お粗末さまでした」
嬉しそうに微笑んだ。
「さぁ下るぞ。景信山からの下りは滑りやすくて急だから気をつけてな」
マスターは足取り軽く先頭を歩き始めた。
その後ろをニコラ、真白、田坂の順で着いていく。
下りはさっきの田坂とニコラの言葉を聞いたからか、集中していたのですぐに終わった。
最後に細く急な階段を下ると道路に出た。
「はい登山道は終わり。ここから大体5キロくらい歩いて店に向かいます」
ここからはニコラが先頭を歩くらしい。
5キロって事は行きに日影沢林道まで歩いた距離よりも長いな。
「この坂の下にバス停があってね、大抵の登山者は駅からそこまでの間は行きも帰りもバスを使うんだけど、今日は歩きでいいよね」
田坂が真白に尋ねる。
「はい。むしろ歩きたいです。道を覚えて今度は1人で来ようかなと思っているので」
真白のそんな言葉にマスターが反応する。
「登山を始めようと思ってくれてるみたいで嬉しいね。でもな、朝も話したけど高尾山外輪山は本当に道に迷いやすいんだ。山に慣れているなら心配ないけど、日向くんは今日が初めてだろ?まだ1人で行くのは避けた方がいいな。教えていないことも沢山あるし」
「そうだね。私たちに遠慮なく声かけてよ。今日とは別のルートを案内するから」
田坂も同調する。ニコラが続く。
「でもこの道は走るのにもってこいだよ。比較的車も少ないし、高尾駅方面からだと行きはずっと登り、帰りはずっと下り。結構タフなコースだし、一本道だから流石に迷わないでしょ。田坂ちゃんや浅川さんもよく走ってるんだよ」
「ジョギングはもっとやろうと思っています。今日道を覚えてまた走りにきます。別のルートも行きたいのでお付き合いお願いします」
真白の言葉を聞いたニコラは、
「いつ行く?来週?」
目をキラキラさせて聞いてくる。本当に山が好きらしい。
「ニコラちゃんは大学のツアーの準備があるでしょ。日向くんにも協力して貰えばいいじゃん」
田坂もニコラの計画を知っているらしい。
「あ、話すの忘れていたよ」
ニコラが計画の進捗について話し始めた。




