出発
ニコラとリュックを買いに行ってから登山当日まではあっという間だった。
その間アルバイトの際には灯や浅川も初登山に臨む真白に色々な経験談を話してくれた。
ゴールデンウィークは登山者がいつもの倍以上訪れた。今までは意識していなかったが、いざ自分も登山に行くとなると違ってくる。忙しい中でも登山者の装備や服装を上から下まで舐めるように見てしまう。時にはその視線に気づいたお客さんに、「お兄ちゃんも登山やるの?」なんて聞かれたりもした。
そして土曜日になった。
宵の明星のみんな+ニコラに言われた通り、早く寝て、早く起きて、しっかり朝食を摂って、しっかり出した。
準備は3日前に終わっている…うん、3日前!に終わっている。
真白は楽しみがあると何事も早く行動するタイプだ。遠足の準備も何日も前に終わらせて、何度も物を出したり入れたりを繰り返した挙句、持ち物チェックのために眺めていた遠足のしおりを忘れて行ったりする残念な奴だ。
高校時代の部活ジャージ上下に、いつも履いているスニーカー…ではなく、あの後買いに行ったトレイルランニングシューズ。ニコラに色々と話を聞いた真白は次の週に改めて店に行き、たまたまセールで50%オフになっていたシューズを買っちまったのだ。ゴツい登山靴もあったが、予算の都合と前回来た際にニコラから週末に行く里山ならトレイルランニングシューズで問題ないと聞いていたので、第一希望ではなかったものの、見た目もカッコ良いのを買っちまった。
購入した次の日から大学に履いて行ったり近所を軽くジョギングしたりして履き慣らしは万全だ。新品のリュックと装備を整えた真白は足取り軽く待ち合わせの宵の明星前に向かっていた。
高尾駅を過ぎた先で路地から大通りに出てきた田坂と鉢合わせた。
「あ、日向くん。おはよう。昨日はちゃんと眠れた?」
長い黒髪を後ろでひとまとめに束ね、大手アウトドアブランドのキャップにウインドブレーカー、ズボンは同じメーカーのクライミングパンツ。どちらも似たようなやつを立川の登山用品店で見た覚えがある。リュックは真白のと同じくらいのサイズ。シューズは真白のよりもっと軽そうなシンプルにランニングシューズに見えるもの。
「おはようございます。ぐっすり眠れました。今日はよろしくお願いします」
そう返しつつ田坂を上から下までジロジロ見た真白に、
「似合う?今まで着てたのがくたびれたから先月の型落ちセールで大人買いしたんだ」
「とても似合っています。プロの登山家みたいです」
実際すごくよく似合っていた。田坂が美人だからではなくて、いかにもそういう服を着慣れている感じがしたからだ。いつもはお淑やかな大学生の女の子って感じのふんわりした服を着ているが、こっちの方が様になっているように見えた。
しかし、あのリュックに昼食が入っているのか?まさかバランス栄養食のクッキーみたいなやつじゃないよな…なんて考えながら並んで歩いた。
2人で宵の明星に着くとそこにはニコラと、マスターがいた。
「おはよー!日向くん!こないだは楽しかったね」
「日向くん、おはよう。今日はよろしく。それがニコラちゃんと買いに行ったリュックか?カッコいいじゃんか!」
ふたりに挨拶を返した真白はマスターがいる事に少し驚いたが、なんでいるんですか?なんて聞けないからスルーする事にした。
「マスターも登山をされるんですね。しかもすごく本格的な格好」
「おう。真白くんが初登山だからな。先輩ヅラしようと思って気合い入れてきたぞ」
マスターは上から、つばが広い帽子…というかハット?、サングラス、ウインドブレーカー、クライミングパンツ、田坂と似ているランニングシューズみたいな登山靴。それだけだと田坂とさほど変わらないが、加えて大きいリュックが足元に置いてあった。真白のリュックの3倍はありそうだ。
ニコラはマスターのと似ている帽子にウインドブレーカー、短パンの下にロングタイツ。シューズはこれまた先の2人と同じような登山靴だが、彼女のは脚を入れるところがくるぶしまで長さがあってバッシュみたいだった。リュックのサイズは真白と同じくらい。
みんなと比べたら自分の格好がめちゃくちゃ浮いている事に困惑した。
一方で3人は真白の格好については気にする様子もなくワイワイ話している。どうやらこの格好で問題ないらしい。
「よし、みんな集まったし、今日の行程を確認するぞ。日向くんもいるから地図を見ながら話すな」
マスターはそう言って大きな一枚刷りのカラーの地図を広げた。
「今ここな。これから少し八王子寄りに歩いて左折。裏高尾を3キロくらい歩く。そこから日影沢林道に入り、小仏城山山頂へ。そこから高尾山とは逆方向にいくぞ。小仏峠を経て景信山に。そこで昼食をとって下山。行きに通った道を経てここまで戻ってくる。以上だ。日向くん質問は?」
「ずいぶん歩くんですね。大丈夫かな…」
そう呟いた真白にマスターは、
「灯から聞いたけど部活を引退してからも適度にジョギングくらいは続けていたんだろ?週に3回くらい5、6キロ走ってるって。なら大丈夫だ」
笑顔でそう言われてホッとした。楽しい時間を自分がへばって台無しにしたくなかった。
灯に聞くまで真白は知らなかったが、「高尾での登山=高尾山に行く」というわけではない。高尾山周辺には高尾山をぐるっと囲うように沢山の山々があり、それぞれ別の魅力を持っている。
灯曰く、
例えば小仏城山は天狗のオブジェに、山小屋のなめこ汁や、夏の繁忙期には1日に300杯以上作る日もあるというくらい大人気の特大かき氷が楽しめたり、そこに至る日影沢林道は斜度は急な箇所があるが、約7割が舗装路で全体ではないものの大半は道幅も広いため走りやすく、トレイルランナーにとって絶好の鍛錬の場となっていて、曜日を問わず歩くのも辛いような激坂を一生懸命に走っている姿を目にする。
との事だ。
「昼飯は美味いの作ってきたからな!しっかり歩いてお腹を空かせて、良い景色を見ながらがっつり食おう!」
そう言って笑うマスターの横では田坂がうんうんと頷いている。どうやら最初っからマスターに頼るつもりだったらしい。
いや、そういえば彼女は昼食を用意すると言っていたが、作るとは言っていなかった。勝手に変な期待をしたのは真白だ。
「さぁ出発!今日は登山日和だよ!」
ニコラの掛け声で4人は歩き始めた。
真白の初めての登山が始まった。




