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真白のキャンバス  作者: 格之進


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20/43

リュックを買いに

田坂から山に誘われた次の日、真白は大学で講義を受講していた。


ノートをとりながらも頭の中は来月の登山に向けての準備の事で一杯だった。


今日はバイトがない。


講義も15時には終わる。


そして給料日!


宵の明星は15日締めの25日払い。


「例えば4月分の給料は3月16日から4月15日まで働いた分が、4月25日に口座に振り込まれるんだ」


以前浅川がそう説明してくれた。


「だから日向君は2回働いた分の給料はもらえるよ」


昨日の帰り際に灯から給与明細書をもらった。


たった勤務2回分とはいえ、一生懸命働いた対価が数字として現れているのは嬉しかった。頑張った甲斐があるってこんな感じか?と自分の成長を感じた。


灯が、"何買うの?""どこに行くの?""誰と行くの?"ってしつこく聞いてきたのはまぁ想定内だ。


そのお金を早速引き出して、リュックと靴を買いに行こうと思っている。


しかし靴は想像できるけど、登山に適したリュックとはどんなものか。


昨日帰宅してから色々と調べたが、靴もリュックもたくさんのメーカーや形があるのは分かったが、機能的な違いがさっぱり分からない。


幸い高尾には大型スポーツ用品店が入ったショッピングモールがある。そこに行けば何か見つかるだろうと思っていた。


そして今日の講義が全て終わり、帰りがけに買い物に行こうとキャンパス内を歩いていると後ろから名前を呼ばれた。


「日向くん。田坂ちゃんから聞いたよー。週末は一緒に行けるんでしょ?」


ちょこちょこ小走りで駆け寄ってきたのはニコラだ。


「あ、ニコラ先輩。こんにちは。来月はよろしくお願いします」


「うん。この間は散歩みたいなものだったけど、次は山歩きだからね。私も田坂ちゃんに色々と話したい事があってさぁ。ほら、あの事。この間日向君と会った時に少し話したじゃん。あれ?話したよね?ま、いっか。それでね、近々お茶しない?って誘ったら、じゃ山で話そうって。カフェとかだと周りに人がいて大事な話をするのに落ち着かないんだって。面白い子だよねー。この間なんかね…」


今日もニコラが止まらない。


肩をポンポンとたたき、どうどうと静止をしてから、


「今日はこれからリュックと靴を買いに行くんです。ニコラ先輩は山に行き慣れてますよね?どんな物を使っていますか?」


ニコラの目がキラッと光った。


「私が一緒に行って教えてあげる!さ!Come on!Let's go!」


一緒に?教える?


いや、Come onとLet's goの所だけ英語ネイティブだったけど。


「行くってどこに?俺はあの…ショッピングモールに…」


「餅は餅屋。登山のものは登山用品のお店に行かなくちゃ!立川まで行くよ!」


これはまた騒がしくなる気がする。いや、今の話の流れ的にニコラは道具に詳しそうだ。これは逆にチャンスかもしれない。


真白は店員さんと話すのを好まない。


初対面の人と話すのが苦手なのもあるが、彼は疑り深い。


過去に周りの自分を好いてくれている友達だと思っていた奴らが、実際は上部だけの友達(仮)で、真白の事を疎ましく思っていたことを知ってから、すっかり人間不信になっている。


だから笑顔で良い言葉を並べる店員さんであれば尚更胡散臭く感じるのだ。


それならニコラの方がよっぽど話しやすいし信用できる。まだ会うのは3回目だが、真白が心を開いている宵の明星の面々とも仲が良いし、悪い人間ではないだろうと思っている。


社交辞令や空気を読むという行為をポイっと投げ捨てて、いつでも本音で生きてる人間は、ダメなものはダメ、良いものは良いと周りの目を気にする事なく言ってくれる。彼女はどう見てもその類の人間だろう。敵は多いだろうが、少なくとも真白はそういう白か黒かで生きている奴らが好きだった。


だからニコラが来てくれたら苦手な店員さんとの会話なしに買い物ができるかもしれない。


「ありがとうございます。是非お付き合いお願いします。立川に専門店があるのですか?」


「うん。登山やアウトドア用品のお店があるよ」


アウトドア!


真白は目を輝かせた!


俄然興味が出てきた!


「是非行ってみたいです。案内お願いします」


「もちろん。すぐ行くよ!」


言い終わる前にニコラは真白の手を引いてシャキシャキ歩き出す。


キャンパスの出入り口に向かう道は第一次帰宅ピーク時間で混み合っていた。


そんな中、でかい声で最近行った山のこととか、推しのアウトドアのメーカーがどうとか、昨日の晩御飯が少し足りなくて夜中にお腹が空いて目が覚めて冷凍ピザを食べてコーラも飲んでしまったから朝ごはんを抜いただとかをギャーギャー話す小さな金髪女子は人目を引きまくり、真白は周囲の好奇の目に晒されまくった。


だからなんだ。っていう内容がほとんどだったが、ネガティヴな事は一切なく、ただただニコニコしながら楽しそうに話すニコラは本当にいい奴なんだなと思った。


駅に着き、ATMで幾らかの現金を下ろした。


大した額ではないが、自分で働いた成果がこの手にある!と感激した。


「お金用意できた?じゃ早く行こう」


「あ、はい…お待たせしました…」


もうちょっと達成感に浸りたかったな。という気持ちを抱きながらもニコラに急かされて改札口を潜った。


「5つ先の立川って駅まで行くよ。行った事はある?」


発車番線を確認しながらニコラが呟く。


「いえ。八王子には先週行きましたが、それより先には行った事がありません」


「高尾はなんだかんだで生活に必要なものが全部揃っちゃうからなぁ。それに日向くんは買い物とか興味なさそうだし、友達と遊び回る感じでもないもんね。私は映画が好きだからたまに行くんだよ。立川には大きな映画館があってね、この間行った時にはジュースはちゃんと買ったんだけどポップコーンを買い忘れちゃってね…」


またまたニコラが止まらない。


でもそのおかげで退屈とは無縁の時間を経て立川に着いた。


うん。人の量が半端じゃない。


八王子に行った時にも思ったが、この人達は他の人が周りにいる事を意識しているのだろうか。


この混雑でスマホをいじりながら歩いたり、急に立ち止まって方向を変えたり、ぶつかりにきてるんじゃないかと思うような勢いで向かってきたり。


「何回来てもこの雑踏は慣れないなぁ。自分勝手なバカが多すぎてムカついて仕方ないわ。この状況で小さい子供を連れて歩きながらスマホいじってる親とか終わってるよね。将来の私の夫がそんなことしたら即離婚だよ。ほんと人間って大っ嫌い」


ニコラがぐちぐちと毒付くのは珍しいが、その内容に関しては真白も激しく同意するところだった。


「ニコラ先輩も人間じゃないですか」


真白が軽い気持ちで突っ込むと、


「私の事を1番嫌ってるのは私だよ」


ニコラは真顔で、ただ前を見てそう呟いた。


その発言は冗談で言っているわけじゃない。


それだけは真白にも伝わった。


その言葉の中にニコラが抱えている何かを感じたが、今の真白では触れてはいけない気がしてスルーした。


「気にしないでお店に行きましょう。着いていくのでナビお願いします」


早くこの空間を抜けたかったのと、そんな冷たい目をしたニコラを見ていたくなかったので、今度は真白が煽る。


「そうだね。ごめんごめん!」


ニコラはいつもの調子に戻り、スタスタと改札口を出て真白を先導する。


歩くこと暫し。2人は登山を主とした大手アウトドア用品店に到着した。


真白がテレビでしか見た事がないものが沢山ある。


登山に全く関わらずに生きてきた真白だが、山を含めアウトドア関連のテレビ番組を見るのは好きだった。だからこの光景は彼を激しく興奮させた。


まずはピューンとリュックのエリアに突っ込んでいって、しばらく色んなリュックを持ったり、背負ったり、値札を見て固まったりを1人で繰り返している真白をニコラは何も言わずに笑顔で見ていた。


ひとしきりリュックと戯れて落ち着きを取り戻すと、


「日向くんは今日はリュックだけしか買わないの?」


ニコラから声がかかった。


「あ、はい。最優先はリュックで、靴も予算以内で買えたら買いたいなと思っています。この靴でも行けるけど、できればそれ用の靴を買った方が良いとの事でしたので」


「そうだね。今度行く山ならその靴でも行けるよ。用意するものの優先順位も合ってる。まぁせっかくだから後で靴も見ていこうよ。じゃ説明するね。まずは容量から。向かって左から右に行くにつれて容量が増えていくよ。結論から言っちゃうと、この季節で日帰りかつ高尾外輪みたいに下山道が沢山ある里山で8時間以内の行動時間だったら下山後の最低限の着替えを入れても20リットルで十分。この辺りね」


そう言ってリュック売り場の一角を示した。


「ずいぶん形が色々ありますね。これなんかすごく軽い」


真白が手に取ったのは他のに比べて平べったい、簡素な作りに見えるものだった。


「それは登山というかトレイルランニング用のリュックだね。もちろん登山にも使えるよ。ポケット類の細かな収納が少し少ないけど、それだけあれば問題ないと思う」


「トレイルランニングってなんですか?田坂さんもそんな事言ってましたけど」


「簡単に言っちゃうと、登山道を走ってタイムを競う競技だよ。宵の明星の面々はみんなやってるよ」


「あ!テレビのドキュメンタリーで見た事があります!100キロ以上山の中を走るとか。地元で毎年7月に富士山の上まで走るレースがありますが、それもトレイルランニングですか?」


「距離は短いのから、長いのは海外だと1,000キロ以上走るものまで色々あるよ。日向くんが言ってるのは富士登山競走だね。歴史あるトレイルランニングレースの一つだよ。あの辺が地元なの?」


「はい。だから山には愛着があります」


「そっかそっか。じゃ尚更誘ってよかったね。で、どうする?こっちはハイキング用のザックだね。機能的には収納が多いのと、耐久性が強くて、少し重い代わりに背負い心地が良いよ」


「これでトレイルランニングもできますか?」


「できるよ!でもこのサイズなら逆にトレイルランニングのザックで登山をって考えた方が良いかな。まず機能はほとんど変わらないんだよ。それに耐久性が劣るとは言っても、このサイズのザックで行くような里山ハイキングなら全く問題ないし」


「値段も少しトレイルランニング用の物の方が安いですね」


試しに背負ってみながら真白が尋ねる。


「それはたまたま。本来はほとんど変わらないよ」


「見た目が気に入りました。これにします。背負い心地も良い感じです」


「早いね。その即決っぷり好きだよ!じゃあそれは決まりとして、せっかくだから他のも見ていこうよ。靴とか」


「是非お願いします。ニコラ先輩の説明はすごく分かりやすいです」


「そ、そうかな…じゃ色々教えてあげる…」


ニコラはさっきまでの饒舌はどこへやら、口をもごもごさせて呟いた。どうやら褒められ慣れていないらしい。


それから暫くニコラの登山道具ツアーが始まった。


それは思いのほか楽しい時間だった。

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