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真白のキャンバス  作者: 格之進


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19/42

ウキウキする誘い

「あー疲れた。毎度のことだけど、日曜日の忙しさは半端じゃないなぁ」


田坂がうーっと伸びをしながらそう呟く。


田坂と店を出る時のマスターと灯のニヤニヤ顔が何とも気になるところではあったが、今は美女と2人でお喋りなんてものをしながら歩ける幸せを噛み締める事にしている。


「時間があっという間に過ぎました。あれを1人でやっていた田坂さんはすごいです」


お世辞抜きに田坂の働きぶりに驚いた真白はそう返した。今の真白にはとても無理だ。


「慣れだよ。慣れ。うどん食べたら眠くなっちゃったなぁ。今日の練習まだなのに」


「練習?何か習い事でもしているんですか?」


「なーんにも。毎週山に行くからそのための練習」


「そういえば登山の格好をしたお客さんが、宵の明星の皆さんは山が好きだとか話していました。山に行くというのは登山をするという事ですか?」


「うん。登山、トレイルランニング 、キャンプ。みんなアウトドア好きだよ。これから働いていけば分かると思うけどね。日向くんは趣味とかないの?」


「ぱっと答えられる事はないですね。でも何か始めたいなとは思っています。せっかく新生活が始まったし、アルバイトで自由に使えるお金も入りますし」


「お!じゃあ山やろうよ!」


田坂がぴょんと飛び跳ねて真白の前に立ち、少し腰をかがめて上目遣いで顔を見るという、あざとさ全開のポーズをとる。


可愛過ぎて鼻血ぶーです。こんな光景を見られるなんて、俺の人生捨てたもんじゃないな。


真白はその光景を頭の中にスクショした。そして至って冷静ぶって答える。


「実家の周りは山ばかりだったので、散歩感覚で山歩きをした事はあります。すごく興味があります」


「決まりだね!じゃちょっと先になるけど、5月の第2週の土曜日は何か予定はある?」


とんでもない急展開。


そ、それってデ、デート的な…?


ドキドキして真白は答えた。


「特にありません。土曜日は講義も取っていないので1日空いています。田坂さんが案内してくれるんですか?」


うん。って言ってくれ。


そんな願いを込めて聞いた。


「うん」


きたー!!!!!!!!


きてます!


今俺にはビッグウェーブがきてます!


「ニコラちゃんと高尾山の外輪山を歩くから一緒にどう?」


ニコ…


ですよねー…


何か変な期待をして調子に乗ってすみません。


「ニコラ先輩…ですか。よく一緒に行かれるんですか?」


前を歩く田坂さんは足を止めて言った。


「日向くん。質問に質問で答えるんじゃないよ」


前を歩いている田坂が首だけ捻って後ろにいる真白を見た。その目には鋭い光が宿っていた。


ひっ!


この人の沸点低い!


ってか今のってそんなに怒るところ?


「い、いえ…あの…い、行きたいです!いや、行きます!よろしくお願いします!」


しどろもどろで答えた真白に、首だけを捻った状態から体もこっちに向けた田坂は、


「なんか私が無理やり誘った感じになってない?」


頬を膨らませてグイグイ詰め寄ってくる。


あ、この人面倒くさい。


怒った顔も超絶美人だけど。


「いえ、滅相もありゃあせん!そりゃあもうウッキウキであります!」


ウッキウキなのは本音だ。


それを聞いた田坂はニッコリと笑うと、


「そ!良かった!じゃまたニコラちゃんと話して時間を決めたら連絡するから、連絡先交換しよう」


そう言ってスマホをいじってSNSアプリのQRコードを差し出してきた。本来であればシャキッとスマホを差し出すところだが、落ち着いている印象だった田坂のグイグイくる様子にちょっぴり躊躇う真白だった。


「あの、何か準備をしておく事はありますか?登山靴とか必要なんですよね」


連絡先の交換を済ませて聞いてみた。真白がやったことのある山歩きとは散歩がてら行きつけの神社の脇にある未舗装の林道を歩くくらい。どんな格好をしていけば良いかも分からない。


「部活はやってた?運動系の」


「はい。水泳部でした」


「じゃあ部活で着ていたジャージとかある?あと靴は運動靴であれば大丈夫だよ」


「ジャージはあります。この靴でいけますか?」


真白は今履いている大手スポーツメーカーのスニーカーを指差した。長きに渡りタウンユースとして人気で値段もそこまで張らないため、老若男女問わず履いている人の多いスニーカーだが、実際のジャンルはテニスシューズに分類されるものだ。


「うん。それで大丈夫だけど…傷ついたり、汚れたりするし、距離を歩くからできるなら専用の靴が良いかな」


「分かりました。近いうちに探してみます」


「あ、あと水分を1リットルくらいと、チョコとかおやつを持ってきてね。時間は4時間くらいかな。お昼ごはんは私の方で用意するから」


4時間って…結構歩くのかな…


それよりも!お昼ごはんは私の方で?


それって田坂さんのて、手作り?


ニコラがいるのはアレだけど、こんな美人の手料理を食べられるなんて!


「分かりました。お昼ごはん楽しみにしています」


「そんなに期待しないでよ!山に持ってくご飯なんて簡単なものなんだから!」


「いえ、何から何までありがとうございます」


「うん。ニコラちゃんには私から伝えておくね!まだ時間もあるから焦らないで。次にシフトが一緒になった時にまた話そう。じゃ私はスーパーに寄って行くから。お姉ちゃんから牛乳買ってこいって連絡もらってたの忘れてたよ」


気付いたらもう高尾駅の近くまで来ていた。


田坂は社会人のお姉さんと2人暮らしをしているらしい。姉妹仲は幼い頃からとても良いとのこと。


一緒に賄いを食べている時にこんな話をしていた。


「喧嘩もほとんどした事がないんだよね。というかお姉ちゃんが怒ったのを見た事がないなぁ」


「そういう方こそ怒ると怖いんですよ。ゆめゆめお忘れなきよう」


真白がそう言うと、田坂はカラカラと笑った。


「あはは!そうだね!確かにたまに仕事で嫌な事があったのか、笑顔なんだけど目が笑ってない事がある。すごい迫力だよ。そんな時は延々と愚痴ってスッキリして寝ちゃうんだけどね」


「田坂さんも愚痴るんですか?」


「そりゃあね。その時はお姉ちゃんが延々と私の愚痴を聞いて私がスッキリした頃に寝ちゃうよ」


お姉さんが寝るんかい。


でもそんな話を楽しそうにする田坂をみて、お姉さんにも会ってみたくなった。いや、下心とかないよ。


田坂がスーパーに向かった後、1人の帰り道で真白は考えていた。


服は部活で着ていたジャージでよし。


飲み物はスポーツドリンクかな。いや、あれは喉が渇くからお茶の方が良いって聞いたことがあったなぁ。後で調べてみよう。


おやつは何を持っていこうか。


あとはリュックと靴を買わなくちゃ。


真白はとても楽しみだった。


美人とお出かけだからではない。


大学に入って初めて他人に誘われてのお出かけだからだ。


いや、子供の頃からこんな風に真白に来てほしいって感じで誘ってくれる人なんていなかった。


まだ真白が陽気なお調子者を頑張って演じて空回りしまくっていた頃も、真白から誘うことはあれど、誰かに誘われることなんてなかった。


成長していくと周りの環境も変わり、学生とはいえ社交辞令的なものも出てくる。


その流れで誘われても、とりあえずこいつも声かけておく?みたいな感じだった。嫌々誘われた側にはそいつらの感情ダダ漏れなのだ。


心の中でため息をつきつつ、嫌々誘ったそいつらよりも嫌々参加するけど、全く楽しみにならなかったし、当日もクソつまらなかった。


それでも断れないのは、断って角を立てる勇気がなかったからだ。


だから、大学ではできるだけ1人でいようと思っていた。面倒な友達(仮)なんていらないし、嫌な人付き合いもうんざりだったから。


でも今回は今までとは全く違った。


田坂は真白に来てほしいと思ってくれてるのが分かった。


心からのお誘いを受けたのは初めてだったから、嬉しさを抑えられない。


明日は早速リュックと靴を買いに行こう。


そう呟いた真白はウキウキしながら家路についた。

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