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真白のキャンバス  作者: 格之進


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18/42

真白の奮闘

開店から大忙しだった。


開店待ちをしていたお客さんを迎え入れた直後から、次から次に人が来る。


この店は、平日だと昼ピークは世間の昼休みよりワンテンポ遅れて訪れる。理由は登山や参拝帰りのお客さんが大多数だからだ。


朝から高尾山やその周辺の山に入って初心者ハイキングのレギュラーコースをのんびり歩くと、下山するのは自ずと昼過ぎになる。その足で店を訪れて食事をして駅に向かう。


高尾駅を中心とするとアクセスは良くないが、登山者の動線を重ねると絶妙な位置に立地しているのがこの店なのだ。


そして今日は休日。


休日は平日よりも登山者がずっと多い上、平日には仕事や学校で来れない地元の常連さんも友人や家族連れで訪れる。ウェブサイトの口コミ欄に、店内が割と狭いだとか、昼時だと満席で入れないだとか書かれていることもあり、早めに来るお客さんも多い。あえて昼時のピークを過ぎてから来るお客さんもいるから、結果としてずっと混んでいるのが現状だ。


「2番さんチキン南蛮、ミックスフライあがったよ!」


「はい!俺が行きます!田坂さん、5番さんお帰りです!」


「はい。灯さん、ホールに出るのでドリ場(ドリンクを作る場所)入って下さい!ドリンクオーダーあります!」


「はーい!マスター!ちょっと厨房抜けるからね!」


「はいよ!1番さんのコロッケとハンバーグ上がり!」


最初は戸惑った大声での会話だったが、今では全く抵抗がない。


失敗もした。


でも3人がフォローしてくれた。


だから下を向かずに仕事で借りを返そうともっと一生懸命に動いた。


一方で、分母が増えると増えて欲しくない分子も増えるのが世の常。


今まで見た事がないような横柄で行儀の悪い奴もいた。


お前は喧嘩を売りに来たのか。というような奴もいた。


真白は決して良い人間じゃないし、むしろ捻くれていて、短気な奴だから、この野郎と怒鳴ってやりたい衝動にも駆られた。


でもそんな暇もなかった。


正確にはそんな奴にいちいち反応している余裕もなかった。


無我夢中で動き回っているうちにお客さんはどんどん入れ替わっていく。


真白には全く余裕がなかったが、田坂や灯はお客さんとの談笑を楽しんですらいる。


ああやって働けたらもっと楽しいんだろうな。と思った。


2人とも登山に精通しているらしく、お客さんも楽しそうに話をしている。


そんなお喋りに花を咲かせながらも、田坂はホールの仕事を効率よくこなし、灯はドリ場と厨房を行ったり来たりしながらも、ここぞという時にはホールに入る。まさにオールマイティ。


真白は働きながら体の芯が熱くなるのを感じた。仕事がとにかく楽しかった。そして改めてこの店が好きになった。


この中で働けている事が嬉しかった。


そして怒涛の時間は終わり、少しずつ落ち着いてきた。


「日向くん、お疲れさま。お昼ご飯食べちゃって。悪いけど今日は厨房の端っこで」


灯から声をかけられて時計を見るとすでに14時を過ぎていた。


「ありがとうございます。田坂さん、先に休憩頂きます」


浅川と一緒の時にも、休憩に入るのは真白が先だった。最初は、新参者が先に休憩に入るなんて!と思っていたけど、新参者だからこそ休める時に先に休まなくては、この先忙しくなった際にパフォーマンスに影響が大きいのだとマスターに言われてから、遠慮せずに先に休ませてもらうことにしている。


「昼飯は麻婆丼だ。大盛りにするか?」


厨房に入るとマスターが丼にご飯を盛ってくれている所だった。


「はい。大盛りでお願いします」


「はいよ!用意しておくから準備してきな」


「はい!」


気づけば5時間以上働いていた。ずっと動いていたから腹ペコだ。


真白はトイレと手洗いうがいを済ませて、ロッカーからスマホをとって、足取り軽く厨房の隅へと向かった。


そこには、麻婆丼を前にしてニコニコ顔で"いただきまーす"と言っている田坂がいた。


「あ、日向くんお先に。灯さんがホール入ってくれるから休憩どうぞって言われて。そしたらもう麻婆丼が置いてあってさ。マスター気が利くよね。今日は忙しくてお腹すいちゃってたから」


それは俺のだ。


と言う勇気は真白にはなかった。


こっそりとマスターのところに行き、事情を話すと、苦笑いしながらすぐに用意してくれた。


あー、あのスマホをとりにいったのが余計だったな。


ちょっとSNSをチェックしちゃったからな。


そんな事を考えながら、マスターがダッシュで用意してくれた麻婆丼を持って田坂の横に座る。


「いやー、忙しかったね!でも日向くんの動きがめちゃくちゃ良かったからスムーズに回ったよ。浅川さんより器用なんじゃない?」


「あ、ありがとうございます。田坂さん達がフォローしてくれたからです」


そんな風に答えながらも、真白はチラチラと田坂の顔を見ていた。褒められた事よりも田坂と2人で食事をしているのが嬉しかった。


美人は丼ものをがっついていても、米粒が口の横に付いていても美人なんだなぁ。


そんな心理に真白は到達した。


「これ以降はだいぶ落ち着いてくるんですか?」


「そうだね。ここからはいつものこの時間よりも少し忙しいくらいかな。それも19時前には落ち着くよ。私達は今日は18時までだから、これ食べたらあとひと頑張りだね」


口の横に付いた米粒に気付いた田坂がぺろっと舌を出して取りながら言う。


そんな仕草にまたハートを撃ち抜かれながら真白が尋ねる。


「俺たちが帰ったあとはマスター達2人ですか?」


「うん。日曜日の夜は余裕があるんだよ」


「平日とは何から何まで違うんですね」


「そうだね。でも日向くんは今日の動きを見ていたら問題なさそうだし、来週からは日曜日の主力だね。先月に先輩が辞めちゃってから私ひとりだったからもう大変だったんだから」


「が、頑張ります。あの、来週からも日曜日は田坂さんと同じシフトに入るって事ですか」


「たぶんね。繁忙期は週末に要員を増やすんだよ。基本浅川さんが土曜日で、私は日曜日に毎週入ってるから、どっちかに入る事になるんじゃないかな。一緒の時にはよろしくね」


そうと決まれば一層やる気が出るってもんだ。


今日は何度か失敗しちゃったけど、次こそはもっと良いところ見せてやる。


気合いを入れ直して麻婆丼をかっ込んだ。




楽しい休憩時間はあっという間に終わり、夕方の仕事が始まった。


とはいえ、休憩前までの目がまわるような忙しさは鳴りを潜めて、穏やかな時間が流れた。いや、いつもよりは忙しいのだが、さっきまでが忙し過ぎて麻痺していた。というのが正しいだろう。


この日、余裕が生まれた真白は働き始めてから初めてお客さんとちゃんとした世間話をした。


「お兄さんは見ない顔だけど最近入った人?」


唐突に登山帰りらしき30代くらいの女性の4人組からそう聞かれたのがきっかけだった。


「はい。2週間前から働いています。お客さん達はよくいらっしゃるのですか?」


「うん。灯さんは私達の姉さんみたいなものだから。月に1回は来るかな。じゃお兄さんも山をやるの?」


私達の姉さん?山をやる?


不思議な言葉が飛び交ったが、真白は一つずつ疑問を解決していく事にした。


「山をやるというのは登山をするという事ですか?」


「そうそう。ってことはやらないんだ。珍しいね。ここで働いてる人はみんな休日は山に籠るのに」


「初耳です。灯さんや田坂さんもやるんですか?」


「うん。詳しくは本人から聞いてごらん。あまり喋りすぎると怒られちゃうから」


そんな会話をして気付いたが、真白はこの店の従業員の趣味嗜好を全く知らない。今までは仕事を覚える事で一生懸命でそんな事を話す余裕もなかったけど、そろそろ聞いても良いのではないか。


真白は過去の経験から、他人と仲良くなる事を避ける傾向にある。でも、この店で働いている人たちを好きになってしまった。


どうやって聞こうかな。


いきなり、"マスター、趣味はなんですか?"なんて聞いたらドン引きされるだろうな。


"灯さん、休みの日は何をしてますか?"なんて聞いたら、キャー!って叫んでぶん殴られて、俺もキャーって叫びそうだな。


そんな事を考えながら空いたテーブルを拭いていると、


「日向くん、田坂ちゃん、お疲れさま!賄い食べて上がっちゃって!」


灯が声をかけてくれた。


「夕食まで頂いていいんですか?」


「うん。昼ごはんが遅かったからたくさん食べられないかもしれないけど、軽いものでも食べていって。土日の特権だよ」


本当にありがたいなぁ。


着替えてからマスターが作ってくれた、けんちんうどんを食べて帰路に着く。


真白にはサプライズが待っていた。


「日向くんも東浅川の方でしょ?私も方向同じだから一緒に帰ろう」


田坂と2人で帰る事になった。

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