宵の明星 1
飛ばした話を入れ直して、改めて投稿しました。
大変失礼致しました…
甲州街道に出て10分ちょっと歩いただろうか。
2人は今流行りのカフェともレストランとも見える店の前に着いた。
車2台分程の駐車場には食事を終えたらしき登山者が数名いた。
中から会計を済ませたであろう大きなリュックを背負った初老の男性と一緒にニコラと同じくらいの身長でシュッとした体型の女性が出てきた。
「ありがとうございます!帰り気をつけてくださいね!家に着くまでが登山だよ!」
そんな風に元気よくお客さんを見送っているその人がニコラの師匠だという事は一目瞭然だった。とにかく雰囲気がそっくりだ。
また来るねー。と満足げに登山者が帰路につくと、ニコラが手を振って女性の元に駆け寄っていく。
「姉さん!行ってきたよ!全部予定決めたからガイドやってくれるよね!大学の後輩にも会ってね、彼は登山初心者なんだけど私が考えた行程とか説明とか分かりやすくていいって言ってくれてね…」
姉さんは自分の肩を掴んで前後にブンブンゆらしながら捲し立てるニコラを、まぁ待て待てと両手で静止しながら、
「お帰り。とりあえず中に入りな。今ちょうどお客さんいないから。君がその後輩?寄ってくんでしょ?」
落ち着いた口調でそう返すと、ドアを開けて2人を招き入れた。
宵の明星という店名から、店内はアンティークな雰囲気でオレンジ色の穏やかな照明に灯されて…なんて想像していたけど、実際は白を基調とした店内でLEDライトも白。まだ日が出ている時間とはいえとても明るく元気が出る雰囲気だった。
テーブルは4人掛けが3つ、2人掛けが3つ、カウンター席が4つだった。
広々としているとはいえないけど、各テーブルはそれぞれ余裕をもって配置されており、きちんと歩くスペースが確保されている事が分かる。先ほどのように大きな荷物を持ったお客さんがきても問題なさそうだ。
奥には厨房があり、全体は見えないもののカウンター前の隙間から人が動いているのは分かる。今は2つの人影が中で動き回っているが、そのどちらかがマスターなのだろう。
「お客さんだよ」
姉さんと呼ばれた女性が店内に入って声をかけると厨房から元気の良い声が上がる。
「いらっしゃい!ってあれ?ニコラちゃんじゃん。もう計画が出来上がったの?」
カウンター前の隙間から顔を見せたのは入江を思わせる坊主頭の男性だった。
「できたよ!!それで姉さんを再度スカウトに来た!あと晩御飯も食べに来た!」
ニコラはルンルンでそう答える。
「おう!ゆっくりしていきな!お前もちょっと話聞いてやりな!今ならこっちは2人で大丈夫だから」
そう言われた姉さんはやれやれという顔をして、一番奥の4人掛けのテーブルに2人を案内した。どうやらそこはニコラの特等席となっているらしく、彼女は勝手知った様子でポーンと椅子の横にある荷物入れにリュックを放り込むとセルフサービスの水を汲みに行った。真白も荷物を置いて手伝おうとすると、
「君は座って待ってな。何か食べてくでしょ?今メニュー持ってくるから」
姉さんにそう言われて素直に従い椅子に座って待つ事にした。
「はい、どうぞ。注文決まった?」
水をトンっと置くと、早速煽ってきた。まだメニューを見てもいねぇと毒づこうとしたが、
「煽らない!!まだメニューも見てないでしょ!」
姉さんがまさに代弁者となってくれた。そう言って厨房の中に入っていく姉さんをよそに
「あはは。煽ってないって!おすすめ教えようか」
と店に来てテンションが2割増くらいになっているニコラはグイグイくる。
「ちょっと一通り見てからでいいですか。このお店の見学が目的なんですから」
本来はそれが今日のメインイベントだ。それを自分が思い出すと同時にニコラを落ち着かせる大義名分にしようと呟く。
「あ!そうだった!ねぇ!マスターと姉さん!彼ここでバイト希望だって!!」
おい!!!
その言葉すら発生できないほどの空気を読めない発言に真白が愕然としていると、厨房の中からマスターと姉さんの2人が顔を見せて真白を凝視していた。
「あの、ええっと、メ、メニューもらっていいですか?」
何だこの雰囲気…困惑する真白は何とかその言葉を絞り出した。
姉さんがサッと顔を引っ込めてスタスタと歩いてくる。
「コホン。こちらが当店のメニューです。どうぞ。今日の日替わり定食はコロッケ定食です。お飲み物は…」
さっきまでのフランクな物言いと打って変わってホスピタリティ溢れる雰囲気に反応に困っていると、やっちまったという顔をしたニコラが助け舟を出してきた。
「あ、ありがとう。決まったらまた呼ぶね!ほ、ほらどれにする?」
そう言ってホスピタリティモード全開の姉さんの話をぶった斬って厨房に追いやった。
「おい、こら。なんて事してくれる」
真白がボヤくと、
「ひっ!怖い怖い。素が出てるよ!ごめんって!」
小さい体をもっと小さくしてニコラが呟く。
「何かすげぇ気まずいだろ。俺はこのお店の普段の様子が見たかったんだよ。分かる?」
真白がボヤくと
「だから怖いって!落ち着いて…」
ニコラの体がさらに小さくなる。
「はぁ。もう言っちゃったものはしゃあないですよ。せっかくなのでニコラ先輩のおすすめを教えて下さい」
ため息を吐いて話を戻すと、パーっと顔を輝かせて、これとこれと、あとこれと…と説明を開始する。
忖度なしにどれも美味そうだ。
真白はニコラのおすすめに応じて肉野菜炒め定食と単品でホッケ焼きを頼む事にした。ニコラは最初から決めていたらしく、お願いしまーすと声を掛ける。すると…
「はい!ただいま!」
との声が聞こえ、厨房からホスピタリティモード全開の姉さんと…マスターが行進するように出てきた。
「な、なんで2人で来たの…?なんか雰囲気が…」
あのニコラがちょっぴり引いている。
「ご注文を伺います」
彼女は、変わらず澄まし顔でそう言う姉さんに若干怯みながらもつらつらと注文をする。
「かしこまりました。では失礼いたします」
そう言って2人で行進するように戻っていく。
マスターは一言も発する事なく、姉さんの横に立って、真白をチラチラ見ていただけだった。
何しに来たんだ。と思ったが、おかげで彼の全体像を見ることができた。
背丈は180cm前後だろうか。体型はガッチリしているが、入江の服の上からでも分かるくらいゴツゴツした体のような威圧感はない。鍛えているわけではなく、この人はいわゆる骨太なのだろう。
マスターも一般の日本人男性の中では大柄と言えるのだろうが、入江を見てからだと驚きはしない。チラチラとこっちを見ていた目には鋭さは皆無で、少年のような好奇心だけを称えた色をしていた。まだ面と向かって会って2分くらいだけど、良い人なんだろうなと思った。
彼らが戻った厨房からは、ギャーギャー声が聞こえる。まだ顔を見せていないあと1人の従業員のものらしき声も混じっている。
「…飛び込みで働かせてくださいって…まだ…」
「私だって手順が………こんな千と○尋みたいな…」
「私は………でもあれは…やっぱり何か事情が…」
ところどころ聞こえてきた話を真白なりに繋ぎ合わせて考察すると…
真白はすぐにバイトを始めなくてはいけないような深い理由があって、飛び込みで雇ってくれと言いに来た。それをニコラが仲介しようとしている。
そんな風に捉えているようだった。
この流れは居心地が悪すぎると感じた真白はこっそり視察をすることを諦めて、洗いざらい話す事にした。
とりあえずこんな状況を作った責任を取らせるべく、ニコラに責任者を呼んでもらう。
おずおずと厨房の入り口に向かい、何か二言三言話したあと、姉さんを連れて戻ってきた。
何が起こるかワクワクした顔をしている姉さんを見て、また何か余計な事を言ったのではなかろうかと少し不安になったが、先手を打ってこちらの流れに持っていく事にした。
「あの。ややこしくしてしまったようで申し訳ありません。挨拶が遅れましたが、ニコラ先輩と同じ大学に通っている日向真白と申します」
立ち上がってきちんと挨拶をした。
「ご丁寧にありがとうございます。宵の明星の椎葉 灯です。アルバイトを希望されているということでよろしいですか?」
姉さんは入店時の穏やかな目でなはなく、ひとりの経営者としての真剣な眼差しを向けてきた。もう回り道はせずに突っ込む事にした。
「はい。実は僕自らこのお店を見つけて来たわけではなく、大学の同級生で入江というこちらの元従業員に紹介してもらいました。彼からは責任者に伝えておくから先方からの連絡を待つよう言われましたが、まずはお店の様子を見てみたいと思って参りました…ってあれ?」
入江の名前を出した辺りからだろうか。姉さんの目がだんだんと最初の感じに戻ってきて、表情も緩んできてる…なんて話しながら考えてるうちに
「蒼ちゃんの紹介?あー!君が!なんだなんだ!あー良かった!飛び込みで働かせてくださいなんてドラマみたいな事が起きてると思って格好つけたりして疲れちゃったよ!」
真白は一気に素に戻った姉さん…改め灯さんのテンションになんかホッとした。蒼ちゃん?とか、何で格好つけた?とか疑問はあるが、まずは話を進める。
「もうご存知でしたか。なんか早まった事をしてしまったようで。今日は食事だけのつもりで参りましたが、改めてアルバイトを希望したいと思います」
そんな真白をニコニコ見ていた灯さんは厨房に向かってでかい声をあげた。
「ねぇマスター!この子が蒼ちゃんが言っていた有望な人材だって!雇っちゃっていいよね?」
すぐにマスターが厨房から顔を出してきた。
「そうかぁ!いいんじゃねぇか?ニコラちゃんも認めてる感じだし。一応条件とかは詳しく話しておけよ。あ、君!今から色々雇用条件話すけど、希望に合わなかったら遠慮なく言ってもらっていいからな!」
よく分からないけど、採用が前提で話が進んでいるらしい。
こんな感じで働き先が決まると思っていなかったけど、経営者夫婦には人を…というのは大袈裟だが、真白を惹きつける何かがあった。




