エピローグ
「この棚、こっちでいいかな?」
「うん、いいんじゃない? そのダンボール邪魔だね。こっち置いとくね」
「ありがと」
今日は、夢ちゃんと僕の引越しの日。大学院博士前期課程を修了した僕は、今日から夢ちゃんと、都心に近いこの部屋で同棲を始める。
夢ちゃんの恋人宣言で祝福ムードに包まれた同窓会会場は、誰かが無責任に発した『誓いのキスっ』の言葉で揶揄いムードに一転し、僕は衆目の監視する中で、ファーストキスを、できたばかりの恋人と済ませる羽目になった。酔った勢いもあったかも知れない。酔いから醒めると途轍もなく恥ずかしくなったが、後悔はなかった。
その後、僕が大学院を修了するまでは遠距離恋愛で愛を育み、僕が帰省した時にはデートを楽しみ、僕のアパートを訪れた彼女と夜を過ごし、そして今日を迎えた。
夢ちゃんは、大学を卒業した後勤務していた地元の会社を三月いっぱいで退職し、四月からは都心の会社で働くことになっている。
僕はと言えば、・・・実質、無職。大学在学中にコンテストに応募した小説が、コンテストには見事に落ちたものの、注目してくれた編集者の力で数年後に作品化されてそれなりにヒットし、大学院時代に次作を執筆してこれもそこそこヒットした。現在は本格的に小説家としての第一作を執筆中。処女作は応募作、二作目も趣味の延長で執筆したようなものだが、今度は売れなかったら僕だけでなく夢ちゃんまで路頭に迷わすことになる。そう思うと肩に力が入ってしまうが、そんな僕に、夢ちゃんは優しい言葉を掛けてくれる。
「あたしが稼ぐから瞬くんはお金のことなんて気にしなくて良いんだよ」
そうは言われても、彼女にばかり生活の負担を掛けるわけにもいかない。今はまだ前二作で入った印税が残っているし、二作目は近々重版される予定もあるから、当面は夢ちゃんの負担も少ないが、新作を出さないことには貯金もすぐに底をついてしまうだろう。遅くとも年内には次の作品を出せるように頑張らないと。
今も時々、あの本屋さんを訪れている。行く時はいつも、夢ちゃんと一緒だ。
(ここは変わらないね)
相変わらず店名は《書》しか読めないし、扉は固くてびくともしない。カウンターに座る年齢不詳の店員さんの顔は相変わらず長い黒髪で隠れている。そして、店内は本にとって理想的な環境が保たれているし、欲しいと思ったものが必ずあるのも相変わらずだ。
(ここはずっと変わんないよ。瞬くんとあたしの大切な場所だもん)
どういう意味だろう? いや、深く考えるのは止めよう。これは夢、ここは夢の中の本屋さんなのだから。
Fin.




