十一.
「瞬くんっ」
学校帰り。自宅の最寄り駅で電車を降り、改札を抜けたところで、聞き覚えのある女の子の声で呼び止められた。振り向くと、幼馴染の女の子が改札を抜け、手を振りながら駆けてきた。
「はぁ、瞬くん、久し振りだね。元気?」
「久し振り。元気だよ。夢ちゃんも元気そうだね」
家は近いけれど、顔を合わせるのは数ヶ月ぶりになる。・・・いや、つい数日前に、どこかで逢った気がする。
・・・どこで?
・・・夢の中で。
何を馬鹿なことを。
「一緒に帰ろうよ。瞬くんも自転車でしょ?」
ちょっと驚いた。幼馴染と言っても良く遊んでのは幼稚園時代まで、小中学生の時には一緒に遊ぶことはおろか、まともに会話することすらなかった僕に、こんな言葉をかけてくれるなんて。
「・・・うん、そう。いいよ、一緒に帰ろ」
ほんの少し逡巡してしまったけれど、僕は首肯した。家も近いから方角も同じだし、断る理由はない。対人関係の苦手意識が一瞬の躊躇いを生んでしまったけれど、彼女はそれに気付くことなく、或いは気付かない振りをしてくれて、笑顔を見せてから自転車を取りに駆けて行った。
夢ちゃん、あんなに可愛かったかな。確かに可愛い子ではあったけれど、それを言ったらほとんどの女の子はみんな可愛いし。それよりも、僕も自転車を持って来ないと。女の子を待たせちゃ悪いし。出遅れた分、少し慌てて、僕は駐輪場から自分の自転車を転がしてきた。
彼女の提案で、家まで自転車を押して歩くことにした。自転車で十五分ほどの道程だから、歩いても四十分かそれくらいだろう。
「高校生になってからあんまり逢わなくなっちゃったよね。家も近いし、電車の方向は逆だけど乗る駅も同じなのに。学校の始まる時間もおんなじくらいだよね?」
「僕は八時五十分から」
「だよね。あたしのとこは八時四十五分。駅までの道で逢えても良いのにねぇ」
「えっと、通学時間が違うんじゃない?」
「ああ、そうか。あたしは電車で二十分と駅から十分だけど、瞬くんは?」
「僕は二十分くらい。電車と歩き合わせて」
「じゃあ、時間を合わせるには瞬くんに早起きしてもらわないといけないのか。それは悪いね」
「悪いことはないけど、今までより二十分も早く起きる自信はない」
「こら。自慢気に言わないの」
幼馴染は僕との他愛の無い会話を心から楽しんでいるように見えた。他人との会話が苦手な僕も、幼稚園時代に戻った気分で彼女と会話することができた。まるで、今まで他人との接触を避けてきた自分が嘘のようだ。
そもそも、僕は元々、人嫌いという訳ではない。寧ろ、人一倍孤独を怖れる子供だった。けれど、同じくらいに我儘で利かん坊で、それを友達からも疎まれ、薄々それを感じ取り、嫌われることを怖れて自分の欲望を圧し殺すことに努めた結果、他人との付き合い方を見失って自分の殻に閉じ籠ってしまっただけだ。
久し振りに会った幼馴染との会話で、僕はその事実に気付いた。思い出したと言うべきか。それを意識すると、しばらく、それこそ何年もの間、挨拶くらしいかしていなかった幼馴染と自然に言葉を交わせることが嬉しかった。彼女との関係を、今度こそ壊したくない、そう思いつつも、幼い頃の苦い経験の記憶が、ともすれば自分の独り語りを始めてしまいそうな僕を押し留めた。それが功を奏したのかどうか、彼女の家の前で別れるまで、幼馴染は終始笑顔だった。
「久し振りに瞬くんと話せて楽しかったよ」
心からの笑顔を見せて、彼女は僕にとって一番嬉しい言葉を紡いでくれた。
「僕も楽しかった。昔に戻ったみたいで」
「たまには会いたいね。家も近いんだし」
「そうだね。たまには早起きに挑戦してみようかな」
「期待しないで待ってるよ」
その言葉に偽りはない。何の保証もないのに、彼女の笑顔を見た僕はそう思った。
「じゃ、また」
このまま他愛の無い会話を続けていたいが、自分の我儘を通しては拙い。僕は自分から別れの言葉を口にした。
「うん、また」
彼女は、つと、僕の耳に口を寄せた。女の子の良い匂いが鼻を擽った。
「あの本屋さんでね」
「え?」
耳を疑った時には、幼馴染は自転車を押して門を通り過ぎていた。
・・・え?




