# 第7章 経済力
## 1
40日目の夜、智也は表を眺めていた。
清潔感。聞き上手。余裕。三つとも試した。神谷は0、小森は0。SEXも、0。外見も会話も、その中にあるものは全部触った。次に足りないものは、その外側にあるはずだった。
検索すると、同じ言葉が何度も出てきた。女性は経済力のある男を求める。年収。安定。将来性。
年収を見た。極端に低くはないが、高くもない。そして、九十日では一円も上がらない。上げる方法は、この計画の期間内には存在しなかった。
そこで、智也は結論を飛ばした。
年収は上げられない。なら、経済力があるように見せればいい。
見せるだけなら、金を使えばできる。智也は支出の計画を立てた。服と小物で七千二百円。一回の食事に高い店。往復のタクシー。合計で三万円くらい。年収は上がらないが、年収が高そうな一回は、三万円で作れる。仕事で予算を組むときと、同じ手つきだった。項目と、金額と、期待される効果。
女が経済力に反応するなら、経済力があるように見せれば、女は反応する。式としては、それで通っていた。相手が本当に見ているのが金なのか、それとも金を使う男の何なのか、そこは智也の式には入っていなかった。入れるほど、細かく分けられなかった。
計画はできた。見せる相手が、まだいなかった。
## 2
智也はアプリを開いた。写真は、髪を切って、サイズの合う服に替えたあとのものだった。
何人かとやり取りして、相沢という女性とマッチした。二十五歳、アパレルのEC運営。商品の撮影を手配したり、写真を差し替えたりする仕事だと、やり取りの中で分かった。
相沢は、写真の仕事に少し興味がある、と書いていた。今は商品の管理側だが、撮影の方へ異動を出すか迷っている、と。智也は、撮影、異動、迷っている、とメモに残した。出発点は、いつもの攻略情報だった。
ただ、小森のときとは、少しやり方を変えた。質問を連打しなかった。相沢が何か書いてきたら、それを受けて、自分のことも少し返した。返してから、次を聞いた。会話は、前より往復した。
43日目のあたりで、智也は表に相沢玲奈の行を作った。マッチ。メッセージ継続。会う話が出ている。SEX期待値、8%。小森の初期値と同じだった。
44日目までに、智也は一度会うことを提案した。相沢は、いいよ、と返した。
智也は、店を決めた。相沢の希望は聞かなかった。聞く前に、経済力を見せる店の方が、先だった。相沢が会うと言ったのは、その店より前で、店のことは、まだ何も知らなかった。
その同じ時期、智也はアプリで別の相手とも、短く二度会っている。42日目と、45日目。どちらも三十分ほど、コーヒー一杯の面会だった。会話も、次の約束も、続かなかった。表には、面会二回、とだけ残した。金は、二回で四千八百円。相沢に使う三万円とは、別の財布から出ていくような気がした。
## 3
会う前のやり取りで、学生時代の話になった。
相沢が、学生の頃はどうだったの、と軽く聞いてきた。恋愛遍歴を探る感じではなく、一人暮らしはいつからか、というような流れだった。
智也は、経験者として見せる反射で、一つだけ嘘を出した。
「初めては大学一年の、同じ学科の彼女」
それ以上は、言わなかった。名前も、細かい話も、他の相手のことも。一つだけなら、覚えていられる。相沢は、へえ、と返した。それ以上は、聞いてこなかった。
智也は、経験者でなければSEXには近づけない、と思っていた。嘘は、防具だった。防具を着けたまま、会うことになった。
## 4
46日目、店で会った。
予約制の、価格帯のはっきり高い店だった。相沢は写真より背が高くて、服はシンプルだった。席に着いて、メニューを見て、相沢は少しだけ間を置いた。
「こんな高いとこじゃなくてよかったのに」
「別にこれくらい」
智也は、そう返した。表情は、余裕のあるように作った。
頭の中では、計算していた。店で一万八千六百円。服と小物で七千二百円。タクシーで四千二百円。合計、三万円。三万円で、この反応。相沢は、高い店を喜んではいなかった。嫌がってもいなかった。ただ、高いこと自体を、特別なことだと思っていないようだった。
服の仕事をしている、と智也は思い出した。値段のことなら、たぶん智也より詳しい。この店がいくらで、その値段が何を意味するのかも、たぶん見えている。見えていて、そのうえで、高くなくてよかった、と言った。
料理が来て、相沢は普通に食べた。智也は、小森のときの質問攻めを、再演しなかった。相沢が今の会社の繁忙期の話をすると、受けて、自分も月末の営業事務の話を少し返した。相沢が、へえ、そっちも大変なんだ、と言った。完璧ではなかったが、面接にはならなかった。
会話の途中で、智也は自然な間を狙って言った。
「撮影の方、異動出すか迷ってるって言ってたよな」
相沢が、少し止まった。
「覚えてたんだ」
覚えていたわけではなかった。メモに書いた。書いたから、出せた。ただ、相沢の反応は、悪くなかった。異動をどうするかの答えは、まだ出ないみたいだったが、その話を智也が持っていたこと自体に、少し表情が動いた。
智也は、その反応を、記録した。ただ、頭の半分では、まだ三万円を数えていた。高級店への反応が薄かったことを、智也は減点として処理した。料理と会話が成立していたことの方は、あまり数えなかった。
## 5
別れたあと、LINEが来た。相沢からだった。
その日の礼と、それから、一行あった。
「次はもっと普通の店でいいよ」
智也は、その一行を見た。
普通の店でいい、というのは、二回目がある、ということだった。相沢は、自分から、もう一度会う意思を出していた。智也は二回目を提案して、相沢は了承した。日程は、追って決めることになった。
表を開いて、相沢玲奈の8を、12に直した。初回、一回。二回目、約束済み、未実施。
智也は、亮平に報告した。三万円使ったこと。高級店は効かなかったこと。それでも二回目が決まったこと。
「三万で12%だから、費用対効果が悪い」
『デートを広告運用みたいに言うな』
「いや、実際そうだろ。八パーが十二パーになるのに三万」
『その八パーとか十二パーってのがもう気持ち悪いんだよ』
亮平は、そこで話を切った。
亮平は、正しい店の選び方も、相沢がなぜもう一度会うと言ったのかも、説明しなかった。ただ、そう言っただけだった。
智也は、高い店が決め手ではなかった、とは思った。そこは、当たっていた。ただ、そのあとが違った。外見と、会話と、記憶と、金。四つ積んだから、二回目が成立した。智也はそう結論づけた。相沢が、自分でもう一度会おうと決めたこと。その判断そのものは、四つのどの列にも、入っていなかった。
支出表を見た。相沢に使った三万円。計画全体では、九万円を超えていた。
九十日のうち、四十八日が過ぎていた。半分より少し先だった。二回目までは、まだ日がある。智也は、その間、相沢とのLINEを続けながら、次に何を積めばいいかを考えた。
条件を揃えれば、結果は動く。三万円は外れたが、それ以外は効いた。なら、もっと精度を上げればいい。智也の中で、その理屈は、まだ壊れていなかった。




