# 第5章 聞き上手
## 1
木曜の夜、智也は写真を撮り直した。
切った髪と、サイズの合ったシャツで、部屋の壁を背に何枚か撮った。二週間前の自分よりましだ、というのは、鏡ではなく神谷の一言が保証してくれていた。マッチングアプリに登録して、その中から一番ましなものを選んだ。
プロフィールは短くした。仕事は営業事務、休日は動画とジム。趣味は特にない。嘘の恋愛歴も、SEXしたいとも、書かなかった。書けば矛盾する。矛盾しない範囲だけ書いた。
清潔感が入口を作るなら、次は会話だ。智也はそう決めていた。
亮平に送った。
「話を聞くって、何を聞けばいい」
『相手の話を聞け』
「だから、何を」
『何をって……普通に、相手が話したいことを』
「項目を出せ」
『いや、項目とかじゃなくて』
亮平は、質問集のようなものは作らなかった。智也はそれを、亮平が説明できないだけだと受け取った。清潔感のときと同じだった。亮平は感覚でやっているから、渡せる形にできない。渡せる形にするのは、智也の仕事だった。
智也はメモに、聞くことを並べた。仕事。勤続年数。休日。趣味。家族。将来。好きな食べ物。恋愛歴。
聞く。相手が話す。好感度が上がる。清潔感に髪や眉があったように、会話にも項目がある。埋めればいい。
リストができた。あとは、実地で試す相手だった。
## 2
アプリで、何人かとマッチした。
そのうちの一人が、小森という女性だった。二十七歳、事務、一人暮らし。メッセージのやり取りが続いた。智也は、いきなり質問を並べたい衝動を抑えて、最低限の往復を保った。連打すると、会う前に切られる。それくらいは分かっていた。
智也のメッセージは、リストの予行演習だった。実地で一気にやるのは会ってから、と決めていた。メッセージのうちは、相手の返しに合わせて、当たり障りなく続けた。
数日やり取りして、智也は昼に短く会うことを提案した。小森は、いいですよ、と返した。
23日目のあたりで、智也は表に小森由衣の行を作った。マッチした。返信が続いている。会うことになった。SEX期待値、8%。神谷のときより高いのは、恋人の情報がなく、実際に会う約束まで進んだからだった。8という数字が、小森が智也に何を思っているかを表しているわけではない。ただ、8と入れると、会う前の不安が少し整理された。
小森が会うと言った理由を、智也は自分の写真とメッセージのせいだと思った。清潔感プラス、質問設計の、最初の成果。表にはそう書いた。
## 3
27日目、駅の近くのカフェで会った。
高い店ではない。昼で、軽い食事ができる程度の店だった。小森は写真より小柄で、黒髪だった。最初の数分、向こうは智也を、緊張しているが感じは悪くない、という顔で見ていた。少なくとも智也には、そう見えた。
智也はリストを頭に置いていた。飲み物が来る前から、頭の中で順番が並んでいた。
「仕事、事務ですよね。どのくらい続けてるんですか」
「五年目です」
「休日って何してるんですか」
「ドラマ見たり、喫茶店行ったり」
「ご家族は」
「両親と、妹が一人」
答えが返ってくるたびに、智也は次へ進んだ。返ってきた答えの中に入っていって広げる、ということをしなかった。ドラマ、と言われても、何のドラマですか、とは聞かない。それはリストの外だった。妹、と聞けば、妹の欄が埋まる。埋まると、次の欄へ行く。項目が一つずつ消えていく感覚が、智也には、うまくいっている感覚だった。
小森は、妹が明日、資格試験なんです、と言った。家族のLINEが今それで少し落ち着かなくて、と続けた。智也は、妹、試験、明日、と頭の中で格納した。
「三崎さんは、休日何してるんですか」
小森が聞いてきた。
「まあ、ジムとか」
短く答えて、智也はすぐ戻した。
「小森さんは、ドラマ何見るんですか」
小森が、最近見ているものの名前を言った。智也は、へえ、と言って、次を聞いた。
「食べ物とか、好きなのあります?」
小森が答える。答えたあとで、三崎さんは、と聞き返してくる。智也は短く答えて、また、小森さんは、と戻す。
会話は、智也が聞いて、小森が答えて、智也が次を聞く、という形で進んだ。小森が智也の方へ向けたボールは、そのたびに、短く畳まれて、小森の側へ返っていった。テーブルの上で、球を持っているのは、いつも小森の方だった。
小森が、少し笑った。疲れが混じった笑いだった。
「何か面接みたいですね」
智也の中で、何かが大きく揺れた。
面接。リストどおりにやっていた。相手の話を聞け、を、そのままやっていた。なのに面接だと言われた。何が違うのか、その場では分からなかった。
反論はしなかった。理由も聞かなかった。すみません、と短く言って、飲み物の話に切り替えた。約束の時間まで、当たり障りのない話をして、店を出た。
帰って、智也は表に打ち込んだ。小森由衣、事務五年目。ドラマ、喫茶店。妹、資格試験、明日。好きな店の種類。使える情報として、全部残した。
## 4
28日目は、何も送らなかった。
小森からの返信を待った。追加の質問も、別の日に会おうという誘いも、送らなかった。連投すれば、会う前の二の舞になる気がした。
29日目、智也はLINEを一通だけ送った。
「妹さんの試験、もう終わりました?」
しばらくして、返信が来た。試験は終わったこと、妹がかなり緊張していたこと、そんなことが短く書いてあった。それから、一行あった。
「覚えてたんですね」
智也は、その一行を見た。
面接だと言われたのに、覚えていた、とは思われていた。智也の側からすれば、覚えていたのではなかった。表に記録しただけだった。妹、試験、明日。あの店で頭の中の欄に入れて、帰って打ち込んだ。書いたから、29日目に聞けた。それだけのことが、小森には、少し違って届いたらしい。
面接だと言った相手が、その面接で出た話を、後で気にかけてきた。そのずれが、小森の中で何になったのかは、智也には分からなかった。
智也は、記憶保持は好反応、と表にメモした。相手の話を覚えて後で出すと、反応がある。データが一つ増えた。
小森からのLINEは、そこですぐには終わらなかった。短く、続いた。
## 5
30日目の夜、智也は表を見ていた。
小森由衣の初期値、8%。面接だと言われたところで、4%まで下げた。そのあと、覚えてたんですね、の一行で、6%まで戻した。初期の8は超えなかった。
数字を動かしながら、智也は考えた。
聞くのは、合っている。相手の話を聞け、は正しい。妹の試験を覚えていたら、反応があった。聞いて、覚えて、出す。ここは効いている。
問題は、面接だと言われたことだった。
質問が、多すぎた。智也はそう結論づけた。多すぎて、必死に見えた。必死に見えたのがまずかった。
小森が返してきた質問を、そのつど短く畳んで、また質問側へ戻していたこと。智也は、それを数に入れなかった。見えていたのは、質問の数と、必死さの二つだけだった。
余裕。
検索でも、亮平の口からも、その言葉は出ていた。モテる男は必死に見えない。余裕がある。追わない。
智也は、次に足すのは余裕だ、と決めた。
小森からLINEが来たら、すぐ返したくなる。その衝動は、あった。ただ、すぐ返すと必死に見える。今はまだ、遅らせるところまではしなかった。ただ、遅らせればいいのかもしれない、という考えが、頭の隅に残った。
九十日のうち、三十日が過ぎていた。ちょうど三分の一だった。
小森とのLINEは、まだ続いていた。智也は、次に来たら、少し置いてから返そうと思った。




