第十話「水神」1/10
六月中旬。外から弱い雨音が聞こえる土曜の朝。
いつもより遅い朝食の最後の一口を運び終え、勇輝が静かに箸を置いた。
「ごちそうさま。美味かった」
普段通りの控えめな声量で発せられた感想に、早めに食べ終わっていた向かいのシブキは表情を緩める。
「お粗末さん。お前、作りがいがあって助かるぜ」
二人分の食器をキッチンへ運びながらシブキはそう言ったが、対する勇輝は首を傾げた。
「作るかいがどうとか、料理ってそういうのあるのか」
「そりゃあるさ。お前みてーに美味そうに食ってくれると嬉しいもんだぞ」
「そういうものか……」
「まあお前も、人に飯作るようになりゃわかるよ」
いまいちピンときていない様子の勇輝を微笑ましく思いつつ、シブキはシンクの蛇口を捻って水を出す。
それから十秒もしないうちに、勇輝の携帯が鳴った。
二人にとって、電話というのは大抵事件の合図だ。だだっ広い居間に響く聴き慣れた着信音で、彼らのスイッチは切り替わる。
勇輝は端末のロックを解除し、電話の相手を確認した。
「ヒビキさんからだ」
出したばかりの水道水を止めた相棒に短く伝え、スピーカーに変えて応答する。
程なくして、電子に変換された低めの声が彼の端末から流れ出した。
『朝から悪いな、勇輝。今日は空いているか?』
開口一番、簡潔な問いかけである。
「予定も任務も、特に入っていません。応援要請なら行きます」
『助かる。少しでかい依頼が舞い込んできてな。間違いなく戦闘になるからそのつもりで来てくれ。詳細は事務所で話す』
「わかりました。時間は?」
返答しながら勇輝は時計に目を向ける。時刻は午前八時。
『急かす気はないが、なるべく早い方がありがたい』
時間指定がない。できれば今すぐ来いということだろう。恐らく、依頼人はもう事務所で待っている。
「了解です。準備が出来次第、出発します。では後ほど」
『ああ。頼んだぞ』
言伝を終えて通話が切れる。
シブキは話の中に何か不可解な点を見つけたようで、顎に左手を当てながら訝しげな表情をした。
「戦闘ありきの依頼なら、支部に回すもんかと思ったが」
「訳があるんだろう。それに、俺たちが入ったことで戦闘要員はヒビキさんだけじゃなくなってる。受注する仕事の幅を増やしたとしても不思議じゃない」
「ま、そうだな。考えたってしかたねーか」
勇輝の言葉に納得したシブキは手元の食器を見下ろし、再度蛇口から水を流した。
「とりあえず、俺はこれ洗っとくから、先に支度してきな」
「色々やらせて悪いな」
相変わらず口振りこそ淡々としているが、勇輝が社交辞令で発言する人間でないとシブキは知っている。スポンジに洗剤を垂らしながら、わざわざ気にすることでもないのにと苦笑をもらす。
「いいって。俺だって嫌ならやんねーよ。ほら、行ってこい」
シブキの言葉を受け、ようやく勇輝は背を向けて二階の自室へと歩いていった。
彼が部屋に入ったのを確認して、緩く弧を描いていたシブキの口角が下を向く。
ヒビキが「でかい依頼」と言った以上、中位種以下の異獣が相手とは思えない。
なにせヒビキは、先週の火車探しで遭遇した百々目鬼二体を容易く倒していた。彼の戦闘スタイルは近接格闘、集団戦には向いていないにも関わらず、だ。彼なら、中位種程度は増援なしでいなせるだろう。




