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「言っただろう、少し訳ありだと」
「嘘でしょ……どうやって捕まえんですか、あんなん。ウナギ素手で掴む方がよっぽど簡単ですよ」
「気合いだ」
「ンな無茶な……」
なるほど理解した。センリとヒビキは、もっぱら凸凹コンビであるらしい。この男、思っていたより脳筋である。
一足遅れて、勇輝が二人に追いついた。
「シブキ、猫は?」
「逃げられちまった」
「……あの速度でか?」
「言ってる暇ねーぞ。ほら、もうヒビキさんに置いてかれてらぁ」
すでに疲労が滲んだ声でシブキが言う。事実、ヒビキは気にする様子もなく先へ進んでいっている。
「……センリさんより、ヒビキさんの方が振り回してきそうだ」
「だな。とにかく追っかけようぜ。途中棄権は柄じゃねえし」
若干ムキになりながらも、シブキと勇輝は雷龍の背を追って駆け出した。
その後も猫は、右へ左へ縦横無尽、三人をおちょくるように路地を走って逃げていった。
チリン、チリンと音を立てる鈴がいよいよ馬鹿にしているように思えてきたのは、攻防から二十分ほど経った頃である。
徐々に溜まっていく疲れは見ないふりをして走り続けていると、ふと見覚えのある黒髪の女性がシブキたちの視界に入った。
巫女服に身を包んでこそいるものの、彼女は紛れもなく先日の父親探しの依頼人――九尾狐・菊理の、人に化けた姿だ。
箒を持つ手を止めて、菊理は首を傾げる。
「あら、鳴神探偵のお弟子さんたちじゃない。お急ぎのようだけど」
「菊理さん……ってことはもう、町外れまで来ちまったのか」
シブキがふと空を見上げれば、雲間から見える太陽が傾き始めていた。暗くなれば追うのも難しくなる。ここらで決着をつけねばならない。
焦りを覚えているのはシブキだけではないようで、ヒビキが一歩踏み出して菊理に問いかけた。
「すみません、猫を見ていませんか。茶トラで鈴をつけた猫です」
「ああ、あの猫さんね。少し変わった雰囲気で、お香の匂いがする子」
どうやら思い当たるものがあるらしい。雑多な匂いが複雑に混ざり合うこの住宅街で、当たり前のように嗅ぎ分けているのはさすがは狐といったところか。
「あの子なら向こうに行ったわよ。先は突き当たりのはずだから、上手くいけば追いつけるんじゃないかしら」
「ありがとうございます」
手短に告げ、素早く丁寧に会釈をすると、ヒビキはすぐさま菊理の指した方向へ走り出す。
一瞬遅れて、シブキと勇輝も慌ただしく駆けていった。
菊理の言った通り、路地の先は突き当たりになっていた。人気のない袋小路に、鈴の音鳴らす猫が一匹。
行き場をなくし、しばらく左右に行ったり来たりしていた猫だったが、人の気配を感じるとぴたりと立ち止まって振り返る。
「さて……いい加減、観念したらどうだ」
少々圧のある低音で言い、ヒビキは猫を睨む。睨まれた猫は呑気に「みゃあ」と鳴き、馬鹿にしたように舌を出した。
いやに人間味のある猫だ。なんだこいつ、とシブキが眉間に皺を寄せた直後、猫の周りに煙幕が湧き出た。
「ッ勇輝、口塞げ!」
「言われなくとも……!」
ガスを警戒して咄嗟に腕で口元を覆ったが、どうにもそういうものではなさそうだ。隙間から香るそれは――線香の匂い。




