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「それで、探している猫のことだが」
苦笑するシブキを差し置いて、ヒビキは依頼の件に話を戻す。
「体毛は茶トラで、首に鈴をつけている。赤紐で結ってあるから特徴的だ。あとは……香の匂いがするな。線香だ」
「香? 飼い主さんの影響で?」
「いや。まあ、少し訳ありの猫だがすぐにわかる。行くぞ」
はぐらかされたような気がするが、問い詰めたところでしかたがない。捕まえればわかることだろうと割り切り、シブキと勇輝はヒビキに従って歩き始める。
「……そういや、今日はセンリさんは?」
「別の依頼だ。調査系は俺にはできないからな」
「すげえ推理力でしたもんね。センリさんにはホント、驚かされっぱなしで」
シブキがそう言うと、ずっと下がっていたヒビキの口角がようやく上がる。
「あの方は素晴らしいお方だ。人並外れて鋭い知性をお持ちで、余裕を保ちながら決して驕らない。人に寄り添い、何事にも寛容で、しかし悪を容認したりはしない。賢人であり人格者だ」
興奮が滲んで少し早口になっている。彼が相当にセンリに心酔しているであろうことはこれまでの言動から明らかだったが、この言葉ではっきり確信できた。
師のことを自慢げに話すヒビキを見て、勇輝がわずかに口元を緩める。
「尊敬しておられるんですね。センリさんのこと」
「当然だ。あれほどのお方はそういない」
シブキの相棒であることを誇りにしている勇輝にとって、センリの一番弟子という立場を自負するヒビキには共感できるものがあるのだろう。
勇輝の微笑みの意図がなんとなく察せられたシブキは、勇輝が便乗してシブキの良さを列挙しようと口を開く前に話題を切り替える。
「猫探しとかもするんですね。てっきり、難しい依頼ばっか来てんのかと思って」
「センリ様は、他人を不幸にする依頼でなければ基本何でも受ける。浮気調査なんぞは断っているがな」
「あー、確かにドロドロしそうで」
そんなことを話しているうちに、赤信号に阻まれて三人は一度足を止める。車の往来を見送ってから、青信号に切り替わった白黒の歩道へ歩き出す。
横断した先、正面に続く薄暗い路地の前で、ヒビキがまた立ち止まった。
「ヒビキさん、どうしました?」
「……この辺りが怪しい」
「ここ……ですか?」
香の匂いとやらがしたのだろうか。車の排気ガスの匂いが強くて、特別発達しているわけでもない水龍の鼻では嗅ぎ取れない。
しかしこの中で最も捜査経験が豊富なのはヒビキだ。大人しくヒビキに従って路地に踏み入ると、奥の方でチリンと鈴の音が鳴った。
赤紐の鈴を首につけた、茶トラの猫だ。
「あいつだ、追うぞ!」
「了解!」
逃亡犯でも追いかけているみたいだ、なんて上の空に思いながらも、シブキはヒビキと同時に走り出す。
スピード特化の水龍と雷龍である。彼らはほとんど一瞬で猫に追いついた。
――追いつきは、した。
シブキが手を伸ばして猫を抱き上げようとしたが、猫は霞のようにシブキの手を器用にすり抜け、ヒビキをも掻い潜って曲がり角の先へ逃げてしまう。
「……今、触れたよな?」
予想外の出来事にシブキが目を丸くしていると、ヒビキは呆れ顔でため息をついた。




