第九話「脱走猫は傍若無人」1/6
午後三時、李渦の空は薄曇り。
暗く淀んだ町の中、小さい羽をばたつかせて跳ねまわる黒い球体が四つ。
一個しかない眼球をぎょろつかせ、目玉鬼は二手に分かれてシブキと勇輝に襲いかかる。
シブキは容易に見切ってひらりと身をかわし、体勢を崩した一体を剣で弾くように斬り捨てる。すかさずもう一体にも突きを喰らわせて撃破した。
勇輝の方は大胆に鎌を振り回し、襲ってきた目玉鬼二体を一蹴してみせる。
「おー、いいフルスイング決まったなあ」
「お前こそ、格好つけたアクロバットだったな」
「はは、言うようになったじゃねーか。そういう返し、嫌いじゃないぜ」
戦闘直後の軽口の応酬にシブキがけらけらと笑っていると、後ろの方から聞き覚えのある声が「おい」と二人を呼ぶ。
振り向いた先にいたのは、鳴神探偵の右腕にして一番弟子、春河響だった。
「あ、ヒビキさん。仕事中ですか?」
「ああ。お前たちは?」
「今日はオフです。息抜きに外で飯食った帰りで。たまたま目玉鬼の群れがいたんで、とりあえず討伐してました」
シブキの答えを聞くと、ヒビキは少し表情を緩める。
「なるほど。仕事熱心だな」
「ほっとくわけにもいかねーですし」
いくら下位種とはいえ異獣は異獣だ。任務でなくても、人里に沸いているのを見て見ぬふりして通りすぎるわけにはいくまい。
「ヒビキさんは何の依頼ですか?……あ、話せる範囲で」
「今回は別に秘匿するべき内容でもない。猫探しだ」
「猫」
「猫……」
強面のヒビキと猫のイメージが全く噛み合わず、二人揃ってオウム返しにするが、ヒビキは構わず言葉を続ける。
「手が空いているならお前たちも手伝ってくれないか。人が多い方が探しやすい」
存外独りよがりな人ではないんだなと思いながらも、シブキは勇輝に目配せで確認をとる。勇輝がこくりと頷いたのを見てから、ヒビキの方に視線を戻す。
「じゃあ、俺たちもご一緒します。……つっても、役に立てるかはわかんねーですけど」
なにせ動物探しなど専門外だ。二人ともペットを飼ったこともなければ、脱走した生き物を探したこともない。強いて言えば、シブキが迷子になった弟を探した経験が何度かあるくらいだ。
しかしヒビキは首を横に振り、シブキの言葉を否定する。
「卑下することもないだろう。お前たちはセンリ様についていけたんだからな」
「ついていけた……っつーか、前回はホントについてっただけでしたけど、俺ら……」
玖徳を捜索したのはちょうど一週間前のこと。あの時は、推理も結界破りもセンリが一人でやってのけたし、得意の戦闘は唐突な落雷にすっかり奪われた。実際、二人は何もやっていないのだ。
けれど、ヒビキの見解はどうも違うらしい。
「センリ様はこれまでも若い龍と龍使いを弟子に招いたことがあるが、どれも最初の依頼の途中で辞退していった。最後まで放棄しなかったのはお前たちくらいだ」
「何ですかそのこえー話」
「俺も詳しくは知らんが、大方センリ様の気ままなペースに足並みを揃えられなかったんだろう。全く、軟弱な奴ばかりだよ」
そういえば、前回もセンリは二人を待たずにどんどん先へ進んでいたような。秀逸な頭脳と独特の空気感も相まって、彼に合わせられる人や龍は少ないのかもしれない。




