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「……アイツ帰すの、大変じゃありませんでした?」
「多少、な」
「あー……世話んなりました……」
ヒビキの意味ありげな視線に、シブキは軽く頭を下げる。由紀のことだ、大方「シブキくんが帰ってくるまで待ってます!」とかなんとか駄々を捏ねたのだろう。彼女が一筋縄で帰されるとは思えない。
一方、大人しく席に座っていた菊理は目を丸くしていた。
「早いのね。てっきり明日になると思って、帰ろうかとしてたところだわ。お弟子さんが絶対帰ってくるっておっしゃるから、半信半疑で待っていたけれど……」
「はは、現地調査は得意でのう」
ハンチング帽を壁に掛けて、センリが笑った。安楽椅子探偵かと思う依頼人が多いが、実際は現場に赴く方が好きなのだと彼は言う。
「……それで」
無駄話はほどほどに、静かな声で菊理が切り出す。
「父を連れていないというのは、そういうことなのね?」
動揺も、怒りも、悲しみさえも見受けられない、ただ淡々と事実を確認する声。
問うている割に、確信がこもっていた。問われたセンリが笑顔をやめた。
「……うむ。玖徳は異獣に喰われていた。正義感の強いあやつのことじゃから、自身の結界に誘き寄せたが返り討ちにあった……というところじゃろう」
旧友であるのだろうか。真相は定かではないが、落ち着いた口調で話すセンリの声色には、それでもわずかに暗い色が浮かんでいた。
「――或いは、最初から負けるとわかっていたのか。彼はもう老齢であったが、結界は相当強固にできておった。あやつは最後に残された力で、結界に蓋をし……異獣を閉じ込めるつもりだったのやもしれん」
言われてみれば、確かにおかしな話だ。シブキたちが駆けつけた頃にはもう、玖徳の世界はとっくに異獣の瘴気で上書きされていた。玖徳が行方を眩ませた時期と照らし合わせても、倒されてから三日は経っていたとておかしくない。
しかしシノサキは大事に残しておいた玖徳の脚を喰らうばかりで、外に出ようともしなかった。あれはもしかしたら、出られなかっただけなのかもしれない。
「……何も、異獣と心中しなくたっていいじゃない」
報告を受けた菊理の顔が歪む。ぴんと伸びた鼻筋が下を向く。
「本当……馬鹿なお父さん」
ぽつり、と落ちた雫は一筋だけだった。
ひどく哀しい声が聞こえたのは一瞬だった。
未だ溢れて外へ向かおうと目尻に溜まる水滴を、前脚で器用に拭い、自分を落ち着けるように大きめに息を吐く。
「父が生きていないことは薄々わかっていたの。何も言わずに失踪するひとじゃないから。……死んでいるだろう父を捜せだなんて、少し酷な依頼をしてしまったかもね」
諦めとは少し違う音色で、九尾狐はそう語る。
再度上がった顔は、晴れやかだった。
「でも……ありがとう。父を、見つけてくれて」
浮かべられた笑顔は作り笑いではない。優しい狐に、センリは目を細める。
「お安い御用さ。異獣も落雷で消滅した。神社の方は、もう近づいても問題ないじゃろう」
「そう。……じゃあ、綺麗にして、継いであげなきゃね。父の意志を」
玖徳は自身の最期に、わざわざ自分が祀られていた旧神社の鳥居を選んだ。その中に、自殺のような作戦を立てるためだけとは思えないほど、美しい山の幻想を描いて。




