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結界が破られた。鳥居の奥、まさしく鳥居で切り取られた空間の中に、先ほどまではなかった異界が現れる。昼の町外れだというのに、その中だけは夜のように薄暗い山が広がっていた。
「な……」
声を漏らした驚かされっぱなしの勇輝の隣、シブキも同様に驚愕していたが、彼の疑問は鳥居の奥に広がる世界ではなくセンリの詠唱に対してのもので。
「黄龍の祝詞……センリさん、まさかあなた、彩龍の司で?」
「はは、大したことはできんがのう」
「大したことじゃねえですか、十二分に……」
けろりと笑うセンリに対し、シブキが浮かべているのは苦笑いである。
「……おいシブキ、今のは」
「彩龍っつう、各属性各種族の始祖でもある最高位の……言っちまえば龍神レベルの龍の力を借りる詠唱だよ。つっても唱えれば誰でも使えるわけじゃない。ごく限られた一部の龍……彩龍の司って呼ばれる龍だけが、彩龍様に応えてもらえる」
「今私が唱えたのは、黄龍という雷龍の力を借りる祝詞じゃのう。なに、成功したのも、たまたま黄龍様の機嫌が良かっただけじゃて」
あっけらかんと言うセンリに、シブキは未だ呆然とした顔を隠せていない。というのも、シブキは約一万八千年のこれまでの生で、本物の彩龍の司を目にしたのは初めてなのだ。
龍の中でも数えるほどしかいない、噂によれば二十程度。なるほど道理で、底知れぬ波動を宿しているわけだ。
二人が驚いている間にも、センリの聡明な頭脳は回り続けていた。
「玖徳の結界を破壊できたはいいものの、こりゃやはり異獣に侵入されとるな。そも、破邪の祝詞で壊せる結界は異獣のものだけ。しかし瘴気も漏れていなかったし、結界は紛れもなく玖徳のものじゃった。……ふむ、キナ臭くなってきたのう」
結界は玖徳のものである。けれど異獣の結界にしか効かない祝詞が反応した。それはつまり――玖徳の結界が、異獣のものと判断されたというわけである。それは何故か。
「……だとしたら、相当危なくないですか」
「急ぐべきじゃろうな。行くぞ」
シブキに肯定を返し、センリは迷いなく鳥居の中へ――異常な空間へと足を踏み出す。
辺りに鬱蒼と茂る木々、太陽も月も雲に隠された夜の世界。
中央は参道となっており、長い階段が続く。漂っている空気は山の新鮮なものとは程遠く、人混みの中のようにずっと重々しい。それが瘴気であることに疑う余地はなかった。
参道を登りきると、開けた場所に出た。
鳥の囀りもカラスの鳴き声も聞こえないこの空間に、たった一匹、獣の姿があった。
不自然に置かれた黒い巨大な岩の上、丸まった黒い狐の背。身体は痩せ細っており、人のように無駄に長い脚をぶらりと岩から垂らして座っていた。
それはぐちゃぐちゃと嫌な音を立てて、何かを夢中で貪っている。
「あいつは……」
「異獣だ。構えろ、勇輝」
草陰に隠れて様子を伺う。静かに武器を持つ二人の後ろで、センリが少し苦い顔をした。
「……一足、遅かったようじゃのう」
センリの言葉の意味はすぐにわかった。
異獣の喰らっているそれは、無惨に千切られた狐の脚だ。




