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「二週間ほど前から、父が突然いなくなってしまって。波動もすっかり途絶えて、私の力では追いきれなくなった。それで、あなたを頼ることにしたわ。実力を疑ってしまったのはごめんなさい」
「構わんさ。なかなかに楽しかったのでな」
それからセンリは黒手袋をはめた右手を顎に添え、目を伏せて記憶を手繰り始める。
「玖徳、か。……心当たりがある。李渦町外れの旧稲荷神社、あそこに祀られていたのが、玖徳という九尾狐ではなかったかのう?」
「ええ、そうよ。本当に千里眼でも持ってるみたいね、あなた」
「この町には長く住んどるからのう。知人の数も、ちと多いというだけじゃよ」
そう言うとセンリはソファから立ち上がる。彼の双眸が見据えるのは、部屋の隅に退避していた水龍と龍使いだった。
「善は急げというもの。ひとまず現場に向かうのが一番じゃ。シブキ、勇輝、同行してくれんかの?」
「俺たち……ですか?」
まさか指名されるとは思っておらず、シブキは思わず聞き返す。
「うむ。ヒビキと由紀は留守番じゃ。いざという時は菊理殿の護衛を頼む」
「あら、私はそこまで弱くないわよ」
「失礼、侮っとるわけではない。異獣はいつ何時襲ってくるかわからんからのう、念のためじゃ。依頼人に傷をつけるわけにはいかんのでな」
悪戯っぽく笑うと、センリは壁のフックに掛けたハンチング帽を被り、事務所の扉を開ける。
「では行くぞ、二人とも」
「えっ……ちょっ、センリさん!」
待ってくださいと言う間もなく。はあ、と嘆息するシブキに、勇輝が首を横に振る。
「……探偵助手、やはり楽じゃなさそうだな」
「だなぁ……」
そうこうしている間にどんどん遠ざかっていく赤毛の探偵を追って、二人は事務所を後にした。
そこに着いたのは、陽が少し傾き始めた頃である。
町外れの稲荷神社はすっかり寂れていた。色褪せた鳥居と耳の欠けた狐の像が、何も言わずに佇んでいる。
物悲しい景色を一瞥したあと、シブキはセンリに声をかけた。
「センリさん、ここですか?」
「然り。ここが玖徳の縄張りじゃ」
「……特に変わった波動は感じませんね」
辺りを見回しながら勇輝が言うと、センリはこくりと頷いて足を出す。
「閉じこもっておるようじゃからのう……」
鳥居の前を陣取るように立つ。
「やはりこの奥が怪しいか。シブキ、この鳥居、少し歪んで視えんか?」
探偵の言葉に目を凝らすと、わずかだが確かに、鳥居の中の切り取られた空間が歪んでいる。
当然、文字通りねじくれているわけではない。ただ本当に少しだけ、最初から疑ってかからないと認識できないほどわずかに、波動の流れが奇妙に渦巻いているのだ。
「言われてみれば……」
「玖徳の幻術は相当なものじゃからのう。しかも渾身の出来じゃ。これではそう見つからないのも頷ける」
言い終えるとセンリはひとつ息を吐き、一度瞬きをする。
「……さて。やるか」
それから、目を瞑って。
「――参が黄、来たれ雷、逆鱗を以て邪を祓え」
喩えるなら、嵐の前の静けさのような声。
ゆっくりと唱えられた言の葉の直後、眩い小さな雷光とともに、バリ、と空気の割れる音。




