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部屋の奥から聞こえてくるセンリの明るい声に、ヒビキは了承してすぐに道を開けた。相変わらずの変わり身の早さにシブキたちが少し驚いていると、ぎろりと黄色いツリ目が睨んでくる。
「何をもたついている。センリ様を待たせるな」
「あ、すみません……」
どうにもヒビキの、センリに対する異様な従順さには慣れない。その姿はさながら忠実な番犬のようである。
もっとも違和感を覚えているのはシブキだけで、勇輝の方は若干のシンパシーを感じているし、初対面の由紀は変わった人だなという程度にしか思っていないわけだが。
書斎机の椅子に昨日と同じように腰掛けていたセンリは、由紀の姿を確認するとにこりと柔らかに笑う。
「ようこそ、鳴神探偵事務所へ。私はここの探偵、鳴神千里じゃ。きみは?」
「田村由紀、って言います!」
「ふむ。して、きみは何故ここに?」
「探偵って聞いて、かっこいいなって思って!」
他人を前にしても由紀の愚直な姿勢は変わらない。もう少し気の利いた言い回しはなかったのかと頭を悩ませるシブキだったが、その心配はなさそうだ。
「わかりやすいのはいいことじゃ。うむ、気に入った。きみも少し、うちでの仕事を見ていくといい」
「えっ」
「正気……か……?」
センリの予想外の回答に目を見開く二人だったが、鳴神千里という男に常識などは通用しない。天才とは大抵そういうものである。
面白さや興味を優先するセンリと、呆れるほど馬鹿正直な由紀とで大変な化学反応が起こってしまったようだ。
外野の驚愕など知りもせず、由紀は嬉々として顔を輝かせる。
「いいんですか? やったあ!」
「センリ様、しかし……」
「ここであったのも何かの縁、というやつじゃよ。柔軟さは探偵に必須じゃからな」
ヒビキはセンリに諭されてすぐに引き下がったが、話を聞いていたシブキはまだ納得がいっていない。いくらなんでも寛容すぎるのではなかろうか。
とはいえここの主の決定だ。自分に口を挟む権利はないとも理解していた。とりあえずは黙っていよう、相棒だけはわかってくれるだろうし。
そうこうしていると、扉が外からノックされる音が聞こえた。すぐにヒビキが返事をして戸を開ける。
「すみません、鳴神探偵に依頼があって来たのですけれど」
聞こえてきたのは落ち着いた女性の声だ。少し低めの、凛とした音色である。
「どうぞお入りください。こちらです」
言いながらヒビキはちらりとシブキと勇輝の方を向く。依頼人の邪魔になるから少し退け、ということだろう。
察した二人が由紀を連れて部屋の角に移動すると、ソファへ案内するヒビキの後ろに、依頼人らしき人物の姿が見えた。長く艶のある黒髪を携えた彼女は、大体二十代くらいだろうか。
女性が席についたのを確認してから、センリはいつも通り依頼人と逆側のソファに移動し、人好きのいい笑みを浮かべた。
「ようこそ、鳴神探偵事務所へ。私が探偵・鳴神千里じゃ。少々賑やかだがみな私の弟子なのでな、お気になさるな、狐のお嬢さん」
「……きつね?」
由紀が首を傾げる隣で、シブキはまさかと思って女性の波動を凝視した。
ほとんど人間のそれに変わらないが、わずかに波の間隔が違う。彼女は人に化けた、人ならざる者だ。




