第八話「赤毛の名探偵」1/13
喩えるなら俺は海の藻屑だ。
もうとっくに、俺に芯なんてものはなかった。
第八話「赤毛の名探偵」
李雨日市の大通り、ひっそりと立つ探偵事務所がある。
何やら怪しい風貌で、そこの探偵もなかなかに胡散臭いが、腕は確かだという。
鳴神千里。その名の通り、千里眼の如し名探偵。蘇芳の髪と黄金の眼、時代遅れの古風な口調も相まって、まるで人でないかのようだとさえ噂される男。
今日、シブキと勇輝がここまで足を運んだのは、まさしくその男に会うためだった。
インターホンがないので、シブキが木製の戸を二回ノックする。
若い青年の返事が聞こえたのち、ぎい、と重々しい音を立てて扉が中から開かれた。
「ようこそ、鳴神探偵事務所へ」
落ち着いた口振りで言いながら現れたのは、短い金髪をした青年だった。切長の眼が、シブキより高い位置から少し威圧的に見下ろしている。聞いていたのと違う髪の色から、鳴神千里でないことはシブキたちにもすぐわかった。
――彼もまた鳴神千里と同じく、人ならざる者だということも。
しかし人でないのはシブキとて同じこと。相手もシブキが龍であるとすぐに見抜いたようだが、なにやらそれ以上に気になることがあるらしく、少し訝しげな目をしている。
怪しまれているのだろうか。ひとまず用を明かさねばなるまいと、シブキが口を開く。
「突然すみません、ここの探偵――鳴神千里さんに聞きたいことがあって。今、いらっしゃいます?」
「……ああ、例の龍と龍使いか。入れ」
いきなり青年の口振りから丁寧さが消えて、ぶっきらぼうなトーンに変わる。それに驚くシブキと勇輝に目も暮れず、青年は扉の奥へと引っ込んでしまった。慌てて二人もその後を追う。
室内は落ち着いたアンティークな雰囲気で、入ってすぐのところに二、三人がけくらいのソファが二つ、長テーブルを挟んで向かい合うように置かれている。
その奥に見えるのは、壁際の書斎机と、机に肘をついて椅子に腰掛ける赤髪の男。
白いワイシャツの上からガンクラブチェック柄のベストを着て、いかにも探偵といった外見の男である。カジュアルな橙色のシャツを着用している金髪の青年とは、対照的な印象さえ覚える。
男はシブキたちの姿を視界に捉えると、元から細い狐目をより細めて笑みを作った。
「ようこそ、鳴神探偵事務所へ。きみがシブキくん、じゃな?」
「はい。こっちが黒神勇輝、俺の契約者です」
名前を知られているのは、対して驚くべきことではない。ここへは龍使協会からの紹介で来ているのだから。
「ふむ。きみたちの話は粗方、ヒョウから聞いておる。まあ緊張せんで座るといい。ヒビキ、茶を出してやれ」
「はい、すぐに」
ヒビキとは金髪の青年の名だろう。赤髪の男から指示をされると、ヒビキは軽く頭を下げ、すぐに急須と湯呑みを用意し始める。
先程の高圧的な態度はどこへいったのかと戸惑いを感じながらも、シブキと勇輝は男に促されるまま、恐らく依頼人用であろうソファに腰を降ろす。
男も二人の対面のソファに移動し、それからゆっくりとした調子で話し始めた。
「では、改めて名乗るとしよう。私は鳴神千里、人間界で探偵なんぞをやっとるしがない龍じゃ。この探偵事務所には、人だけでなく龍や幻獣もやってくる。龍使協会にも、稀に知恵を貸すことがあるのう」




