第七話「狂化」1/9
空は澄み、湿気を宿した風が頬を撫でつける。広々とした庭には無造作に生えた緑が生い茂っている。
その青々としたフィールドで向かい合う青年が二人。
一人が――勇輝が鎌を握り、地を蹴る。対するシブキは余裕の表情で剣を構え、勇輝の重たい一撃を受け止めてみせた。
「っと。勢いは十分だが、予備動作が長えな」
ニヒルに笑って押し返す。弾かれた勇輝はすぐに体勢を整え、"射光線"で撹乱しながら再度接近する。
しかしシブキは放たれた光の矢を全てかわし、矢に紛れるようにして繰り出された鎌の振り下ろしも難なく回避した。
くるりと振り返ったシブキの顔は――やはり、余裕綽々だ。
「おー、今のはよかったぜ。敵の逃げ道の予測ができてる。お前の武器は重い分動きを読まれやすいから、今みたいな攻め方がいいかもな」
「お前には当たらないが、な」
「簡単に当てさせてやるかっての」
悔しさの残る声で唸った勇輝に対し、シブキはけらけらと笑う。
ならばもう一度と構えた勇輝だったが、シブキにはもう続ける気がないらしく、手元にあった剣がいつの間にか消えていた。
「さて……結構経ったろ。ひと休みしようぜ」
「…………ああ」
不服そうにたっぷり間を空けながらも、勇輝は素直にシブキに従う。二人が戻っていくのは、大げさなくらいの豪邸だ。
勇輝は幼い頃に両親を亡くしている。その際彼を引き取った親族が、この豪邸の本来の持ち主だった。
しかし彼も病気で亡くなり、現在は李渦町の地主である勇輝の叔父が戸籍上勇輝の保護者ということになっている。
とはいえその叔父も滅多に姿を見せないので、今はこのだだっ広い洋館にシブキと勇輝の二人暮らしだ。
先に室内に入ったシブキは冷蔵庫から麦茶を取り出し、二人分のグラスに注いで小さめのダイニングテーブルに置く。
一言礼を言った勇輝が、それを一気に飲み干した。
「っはぁ。いつになったらお前に追いつけるのやら」
「あと一万年は必要だな」
「……そんなにか」
対面に座る相棒をじとっと睨む勇輝だったが、当の本人はニヤニヤと意地の悪い笑みを崩さない。
「当然。数年程度で追いつかれたら、俺たち龍の出る幕なくなっちまうぜ? だからいいんだよ。別にお前、弱いってワケじゃねーんだし」
「それでも、守られてばかりなのは癪だ」
「癪、ってオメーなぁ」
シブキは苦笑しながらグラスを手に取り、中身を少し飲む。窓から入り込む温かな日差しに照らされて、半透明のそれと水龍の海色の瞳がきらりと光る。
「俺だって頼りにしてんだぜ? 相棒」
「……そうか」
ようやく勇輝の口元が緩んだ。彼が素直に笑うのは珍しい。
どこかあどけなさの残る柔らかな笑顔は、突如鳴り響いた着信音に掻き消された。二人の表情が一瞬にして引き締まる。
スマートフォンを取り出して画面を確認した勇輝の顔は少し険しい。
「案の定、支部長からだ。スピーカーで出る」
「おう」
予想通りの着信元。少しして、勇輝の端末から声がする。
『もしもし、柚木です。二人とも、わざわざ休みをとってもらってすまないね』
今日は木曜、平日だ。本来なら勇輝も、先日転入生という体で潜入を開始したシブキも登校日だが、角獣が出現した二日前から欠席していた。




