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 引き留めようと思って、返事をしようと思って、しかし何もできずに見送るままだった。それでもどうにか自分を奮い立たせて、由紀は出そうにもない声を無理やり絞り出す。


「シブキくん、」

「やめておけ」


 けれどそれも、彼の相棒によって遮られてしまった。


「今のあいつに何を言おうが無駄だ」

「でも私、まだなんにも答えてない!」

「あいつの言葉、聞き逃したわけじゃないだろう。あいつはお前の答えなんて求めてない。お前が死ぬ未来に怯えているだけだ」

「怯える、って……」

「……田村さん。シブキはね、目の前で母を亡くしているんだよ」


 弟の話を黙って聞いていたヒョウが、ゆっくりと口を開く。薄い色をした瞳がどこか悲しげに光っていた。


「お母さんを……?」

「そう。それがずっとトラウマになっているんだ。自分のせいだと思いこんで、ずっと。普段は気丈に見せているけどね。思い出して、重ねてしまったんじゃないかな。君と母さんを」

「…………」


 そんな風には見えなかった。正義感の強いまっすぐな人だとは思っていたが、傷を抱えたまま戦いの場に立っていたなど、由紀には知る由もなかった。


 それを知ってしまった今、由紀に紡げる言葉は今度こそ、ない。


「田村。俺からも頼む。あいつの言うこと、聞いてやってくれないか」

「黒神……」

「……見たくないんだよ。あいつの苦しむ顔は」


 短い言葉を置き土産に、勇輝は相棒を追って去っていく。


 由紀はただ、その背を見送ることしかできなかった。


 泣きそうな顔で動かない由紀を心配して、柚木がそっと声をかける。


「田村さん、大丈夫?」

「……ごめんなさい、大丈夫です。ただ……二人の言いたいこと、わかっちゃうのが、悔しくて」

「わかることが、かい?」

「だって、わからなければ何だって言えるじゃないですか。そんなこと言ったって私は、って。でも、わかっちゃったら、どんな気持ちで言ってるんだろうって考えちゃったら……もう、なんにも言えない」


 ぽつぽつと落とされる由紀の思いを受け止めて、ヒョウが優しく笑う。


「ありがとう、田村さん。弟のこと、自分のことみたいに思ってくれてるんだね」

「ヒョウさん……」

「さ、帰ろう。私と律也で君の家まで送っていくよ」


 空に高く昇る太陽ですら、今は憂いを帯びているように見えてしまう。透き通る青色が遠く感じた。


 まだ前を向けそうにない由紀に、ヒョウが語りかける。


「……君は、普通であること――シブキと同じ戦いの場に立てないことを、悔いる必要はない。その価値を忘れないことだ」

「普通であることの?」


 ヒョウの言葉の意味を理解できなかった由紀が問い返すと、彼は穏やかに微笑んだ。


「普通だからって、誰かを助けられないわけじゃない。特別な力が、波動適性がなくたって、君にしかできないことは必ずあるよ。……不器用なのさ、あの子は。不器用なくせに、無理に背伸びしようとする。だから、まっすぐで純粋な君が眩しくて――君が自分の手にぎりぎり届かないところで消えてしまうのが怖かったんだ。いつかシブキにも、君の心を理解できる日が、君の隣に立てる日が来るだろう」


 そう語るヒョウの声が、あまりにも確信めいていたものだから。由紀の心にわだかまっていた不安は、躊躇は、泡が弾けるかのようになくなっていった。

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