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「お前は前だけ見てりゃいい」


 目目連に向けた冷えきった音ではなく、ひどく優しく紡がれた言葉だった。


 しかし餞別にも似たそれは短く告げられ、直後キッと顔を上げ目目連の方へ歩を進めたシブキの表情は、柔らかさなど一切ない強い意志を宿している。


 シブキが目目連の間合いに入ると、目目連はシブキに止まるよう指図し、じろじろと品定めを始める。


「よしよし、その辺でいい。動くなよ?」

「…………」

「ヘェ、ビビらねェか。さすが、伊達に第三階位じゃねェってこったな。じゃ、()()も大したことねェよなァッ‼︎」


 怒声とともに浴びせられた爪の斬撃が、シブキの脇腹を抉った。飛び散った血飛沫が床を濡らす。安定を失った体が、ぐらりと揺れる。


「が、ぁッ……」


 苦しげに掠れた声をこぼしながらも、彼が膝をつくことはなかった。未だ光の消えないタンザナイトが、異形の化け物を睨みつけている。化け物は怯む素振りもなく愉快そうに見下ろした。


「フハッ、あんまり哀れで外しちまったなァ? 次は――首、撥ねてやっからなァ」

「……できるモンなら、やってみろ」

「まだ軽口が叩けるなんざ、感心するぜ。腐っても大水龍と呼ばれるだけはあるってか? まあいい、ますます殺したくなってきたからなァ」


 目目連の爪がシブキの首を指す。


 相棒の危機を前にして抵抗すらできない勇輝は、ただ現実から逃れるように目を瞑っている。


 目目連の腕がかぶりを振った。部屋中の眼という眼がシブキの首元に集まる。


 けれどもまだ、シブキの瞳は生命の輝きを失っていなかった。


 爪が、風を切ってターゲットへと向かう。今まさに、シブキの首をその鋭い刃が断絶せんとする、その時!


「――波動術、"精神拘束"」


 諦めたかのように見えた紫水晶の瞳が、明るい紫色に輝いた。


 同時に紡がれた言葉とともに、シブキの目に映ったのは、彼の瞳と同じ色をした波動の輪が目目連の脳を締めつける光景。


 異獣の爪はシブキの首に届くことはなかった。目目連が失神して倒れてしまったからだ。


 主人からの力の供給が断たれた世界は瞬く間に崩壊し、いつの間にか辺りの景色は、元の薄暗い高架下へと戻っていた。


 すかさずシブキが駆け出し、気絶したままの目目連から相棒と友人を取り返す。


「勇輝、由紀、無事か?」

「猪女は、気は失っているが怪我はない」

「お前は? 首は大丈夫なのか」

「……何を、」


 ぼそりと呟いた勇輝の視線の先には、赤く染まったシブキの脇腹。怪我をした直後に動いたせいか、まだ真っ赤な血液がぼたぼたと流れている。


「人のことを心配している場合か。俺のは軽くつけられただけなんだぞ。お前の方がよっぽど派手に食らっていただろう」

「バカ、避けたら囮になんねーだろ。そもそも最初に無茶したのはオメーだ。罠ってわかった上で先に行ったんだろ? 結果こそよかったけどよ、俺が来る前に殺されててもおかしくなかったんだぜ」

「む……」


 言い返したいが、言い返せない。シブキの言っていることはもっともだ。それでも納得はいかない。


 元から、油断を誘いギリギリで"精神拘束"を撃って逆転する予定だったから、シブキが死ぬということは前提としてあり得なかった。


 だが、本気で焦ったのも、一瞬相棒の死を想像してしまったのもまた事実なのだ。

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