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 もはや猶予は残されていない。シブキの心臓は、未だ警鐘を鳴らしている。





 襖を開けた先に待っていたのは、胸から下を持たない浮遊した龍のような怪物と、友と相棒の姿だった。


「遅かったなァ、大水龍サンよォ」


 怪物――目目連がいやらしげに笑う。翼から覗く無数の目玉がぎょろりと回転する。


 壁を埋め尽くす眼球のうち四つから伸ばされた奇妙な触手が、少年少女を一人ずつ捕らえている。由紀は気を失っているのか、目を瞑ったまま動かない。


「勇輝、お前!」

「……すまない、捕まった」

「ッたくよォ、バカなヤツだよなァ」


 悔しげな表情をする勇輝を、異獣が嘲る。


「オレ様がなーんの考えもナシにコマを置くワケねェんだよなァ。この坊主が大水龍サンと合流する前にとっちめられるよう、坊主のルートにゃ鬼どもを置かなかったのよ。計画は大成功! クハッ、オレ様が天才なのかテメェらがクソバカなのか――」

「言いたいことはそれだけか」


 べらべらと喋りだす目目連の台詞を、水龍の凍てつく声が遮った。目目連の目の色が変わる。


「……ンだとォ?」

「そんなどうでもいい話がしてェだけか、って聞いてんだよ。生憎俺はテメェの与太話に付き合ってる暇はねーんだ。相棒と友人を助けに来たんでな」

「…………フ、クク、」


 地を這うような低音で怒りの言葉を連ねるシブキを恐れもせず、怪物は不気味な笑い声を上げる。


「ほうほうほうほう、ココまで言ってやってもまァだご理解されてねェたァ、大水龍もゾンガイバカだなァ‼︎」


――違う、解っている。この後、目目連がどう動くかなど。


「だったら仕方ねェ、特別に教えてやろうじゃん?」


 そう言いながら、目目連は翼の先に生えた鋭い爪を勇輝の首筋に当てる。どうせそういう手に出るだろうと、戦闘経験の長いシブキには読めていた。それでもわずかに鼓動が速まる。


「コイツらの命が惜しけりゃ、その物騒なモン降ろしな」

「チッ……!」

「さァさァ何をやってる? オレ様気は長かねェんで、もたもたしてっとうっかり殺しちまうぜェ!」


 目目連の爪が勇輝の肌に食い込む。鮮血が一筋流れ落ちる。


「ぐッ……」

「勇輝ッ!」

「シブキ、構うな……!」

「……下衆野郎、こういうのは小物がやる手段だぞ」

「正義の味方なんぞのルールは知らンがねェ。ほら早く剣捨てろ。大事なオナカマが少しずつ死んでくのは見たくねェだろォ?」


 嘲笑する目目連はもう一度勇輝の首を、今度は先ほどよりやや深く刺す。血液が床にはねた。


 シブキの瞳の奥に宿る、憤りと焦燥の色が強まっていく。


「ッ、う……」

「…………くっそ」


 からん、と金属の音が響く。シブキの右手はもう空になっている。


 その音に気がついた勇輝は自分の痛みなど忘れ、丸腰になった相棒を呆然と見つめた。


「これで満足かよ、外道」

「シブキ!」


 未だ青く揺蕩う怒りの炎を双眸に宿しながら、相棒の悲痛な叫びを聞きながら、それでも彼は抵抗を諦めた。


「ックク、ハハハッ‼︎ いいぜ、いいぜェバカでアワレな大水龍さんよォ! そのままこっちに来な!」

「……シブキ、」

「そんな顔すんなよ、勇輝」


 今にも消え入りそうな声で自分の名を呼び項垂れる相棒をあやすように、シブキが緩く微笑む。

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