8/9
押されている大獄龍は、一度空中に避難して相方の方をばっと振り返る。
「おい、オマエも少しはたたか――」
「させると思うか?」
返したのは彼の相方ではなく、勇輝の声。見れば、勇輝はいつの間にかもう一体の大獄龍の背後に周っていた。彼の大鎌の刃は龍の首筋をしっかりと捉えている。
「投降してくれれば、穏便に済ませてやれるんだが」
「人間のガキ風情が、舐めやがって……!」
龍は憎々しげに悪態をつくと、勇輝の牽制を無視して空高く舞い上がり逃亡を図る――が、当然シブキがそれを許すわけがない。正確に射出された"ドライブフロウ"は龍の翼膜を貫いて穴を開け、見事に撃ち落とした。
起き上がろうとする龍の頭に、かつん、と冷たい金属が当たる。シブキの剣である。
「龍を痛めつける趣味はねーんでな。そろそろ諦めてくんねーか」
「クソッ……」
鋭く生え揃った歯を噛みしめる龍だったが、未だ降伏するつもりはないらしく、乱暴に頭突いて無理やりシブキの剣を弾く。額にできた切り傷を気にもせず、龍は的が小さい人の姿に戻って立ち上がる。
こいつは懲りそうにはない。しかし過度な実力行使もあまりしたくはない。そう思ったシブキが勇輝の方に目配せをすると、彼はすぐに意図を読んで頷き、"精神拘束"を撃ち出そうと目を閉じる。
視界を遮断し、敵の波動に全ての意識を集中させる"精神拘束"の発動直前は、波動に対する感覚が極限まで研ぎ澄まされる。
――だからだろうか。勇輝がシブキより一瞬早く、その異変に気づいたのは。
大獄龍の足元に落ちる影。それが、わずかに揺れた。
何かがおかしい。勇輝は"精神拘束"を中断し、目を開く。
「勇輝、どうし――」
シブキの問いかけが途切れた。答えが出たからだ。
大獄龍の足元の影が、今度ははっきりと揺らいだ。その波紋の中心から、真っ黒い不気味な手のようなものが伸びてきて、大獄龍の体を這うように伝って上っていく。それが龍の首辺りに到着すると、いきなりその首を絞め始めたのである。
「……なんだ、あれ」
影踏み鬼とは、明らかに違う技なのは見てとれた。その奇怪な黒い手は、確かに波動を纏っている。瘴気ではなく、龍が持つような波動を。
数秒硬直していたシブキだったが、このまま締め殺されてしまってはまずいと気づいて龍の元へ駆け出す。しかしシブキの懸念は杞憂に終わり、龍が失神した時点で黒い手は影の中に戻っていった。
「今のは……」
「あ……ああああああ‼︎」
訝しむ勇輝のすぐそばで、狂気じみた絶叫が上がる。勇輝が拘束していた、もう一体の大獄龍のものだ。
相方が謎の黒い手に襲われ気を失ったのを見て恐怖したようで、龍は半狂乱になって無理やり勇輝の鎌の拘束を振り解き、逃走してしまう。
「おい、待て!」
「勇輝、追わなくていい」
「だが」
「わかってる。けど……まだ、終わってねえ」
シブキは険しい顔つきのまま振り向く。
彼らと対峙するように立っていたのは、黒いマントに身を包む男であった。彼の隣には、黄緑色のパーカーを着た青年が控えている。どちらもフードを深く被っているが、それの落とす影が不自然に濃く暗くなっており、目元は一切伺えない。
黒外套の男は、口元に薄気味悪い三日月を浮かべて嗤った。




