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「っはは……やっぱり気に食わないなあ、黒神勇輝、龍魔飛沫!」


 自棄になったようなその声に、勇輝がしまった、という顔で振り返る。相棒の様子に気を取られて、谷崎の拘束を解いてしまったのだ。


 契約相手である青行燈が消滅した今、谷崎には龍と龍使いに刃向かう術はない。少なくとも、物理的な手段はないはずだ。


 しかし谷崎はまだ策を残しているのか、シブキと勇輝を睨みつけたまま後退する。少し離れた場所から見守る由紀と御神楽は、ただ息を呑むばかりだ。


 まだ谷崎が爪を隠していないと決まったわけではない。シブキは先ほどの大技の反動で動きを制限されている。当然、一般人である由紀たちには任せられない。今この場でもっとも責任を負わされているのは勇輝だ。谷崎の動きを読みきれないまま、ゆっくりと距離を詰めつつ睨むように出方を伺う。


 谷崎が後ろに退がる足を止めることはなく、ついにその背が屋上を囲むフェンスに触れる。彼はそれを確認すると、勢いをつけてフェンスを跳び越え、安全性のない柵の向こうに足をついた。


 まさか。嫌な予感に駆られ、勇輝は顔を顰めてフェンスの方へと走る。


「おい、何を考えている!」

「わからないか? まだ勝った気になるなよ、ってことさ」


 柵越しに嗤う谷崎の表情は、どこか狂気じみていた。


「後味のいい終わり方なんて拝めると思うなよ。――敗北を喫するくらいなら、オレは」

「待て、谷崎!」


 彼がやろうとしていることは明白だ。けれど、勇輝ではそれを止めることは叶いそうにない。何せ勇輝もそれなりに疲弊しているのだ。"精神拘束"で止めようにも、もはやそれを繰り出す力は残っていない。


 谷崎は、ゆっくりと重心を後ろの方へと持っていく。


「この命を持って、お前たちに屈辱を刻もう」


 捨て台詞と共に。迷うこともなく背中から、その青年は空に墜ちた。想定外の光景に目を見開く勇輝の耳に、ヒュ、と悲鳴すらならない呼吸音が届く。それが由紀のものか、御神楽のものか、はたまた自分のものであるかもわからない。


 その音と静寂に混じって、もう一つ。風を切る音がした。聴き覚えのある音だ。


 一瞬遅れて、ぶわり、と疾風が勇輝の横髪を揺らす。次に勇輝の視界に映ったのは――鮮烈な青色だった。相棒の、龍翼である。


 動ける状態ではないだろうに、いつもと同じ、いや、下手をすればそれ以上のスピードで、シブキが駆け出したのだ。


 己が人外である証ともいえる龍翼を背に生やし、水龍は迷いなく宙に墜ちた谷崎を追った。急降下したシブキは、地面へと向かっていく谷崎の手首を確と掴む。


 まだ一階分の半分の高さも落下していないまま、谷崎の体は急に重力に逆らって空中にぶら下がる。飛びかけた意識も覚醒して、谷崎は目を丸くした。


「……なんで、」

「俺の前で、簡単に死ねると思ったか?」


 掴んだ手首を引っ張り上げながら放たれたその言葉は、冷え冷えとした怒気を帯びている。冷たい眼差しの前で、谷崎は命を救われたという実感を覚えることはできなかった。むしろ、心臓にとどめを刺されたかのような、そんな感覚だ。


 シブキは谷崎に有無を言わせぬまま、彼を連れて力強く羽ばたき、屋上へと舞い戻る。


 彼の靴の底が屋上のコンクリートに触れたのと同時に、勇輝たち三人が駆け寄る。


「シブキ」

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