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「こりゃ完全体なら、勝ち目はなかったな」
つくづく、とんでもないモノを喚んでくれたものである。危機感で速度を増していく拍動を抑え込むように、あくまで冷静な声を落とす。
長い間合いは青行燈の独壇場だ。青行燈は深追いしようとはせず、その場で浮遊の高度を上げ始める。白い死装束の裾が風ではためく。やがて冷たい風が辺りに走ったかと思うと、青行燈の周囲に青い火の玉が灯り始めた。
「……もう大技か」
次々と増えていく鬼火を見上げ、シブキは呟く。炎はやがて、百個ほどにまで膨れ上がった。夕暮れの濃い橙にさえ掻き消されない藍色の火炎が、シブキたちの頭上を覆う。
"星纏"による守りも、あの数を相手にしては使い物にならない。相棒の窮地に、勇輝が顔を顰める。
「シブキ……」
「舐められたモンだなあ、まったく!」
後ろの勇輝の声が聞こえたのか、否か。シブキは奮い立たせるように、よく通る声でそう言って笑った。
「強くなってんのは勇輝だけじゃねえ。俺だって、まだ追いつかれるワケにゃいかねーんでね」
無数の鬼火を前にして、シブキは怖気付く様子もなく凛と立つ。
早々に大技を切ってきたのは、戦闘を長引かせたくないからだろう。夜になれば、怪異を恐れる人間は多くなる。青行燈にとって、恐怖はエネルギーそのものだ。太陽が沈みきる前に戦いを終わらせて、一刻も早く力を蓄えようとしているようだ。
しかし青行燈が急いたのは、シブキにとって好都合だった。これが唯一の突破点なのだ。
青行燈が白い袖を振り下ろした。百の火の玉が、シブキに狙いを定めて一斉に発射される。避けるのも弾くのも現実的ではないし、"キャタラクトウォール"も恐らく意味を成さない。それでもまだ、切り札がある。
シブキはその場で剣を手放した。カラン、と小気味のいい音のみを残して、波動で形成された両刃の剣はその場で消失する。そうして空いた両の手を、迫り来る鬼火に向かってかざすように伸ばす。
「呑み尽くせ――"綿津見・鯨波"!」
水龍の言霊に応じ、大波が鯨のような形をとって出現した。大口を開けた鯨の波は、飛んできた鬼火を真っ向から喰らっていく。鯨がすべての鬼火を喰らい、口を閉じたのを確認して、シブキは大きく息を吸い込み――今一度、言の葉を紡いだ。
「"綿津見・天水"!」
波の轟音で掻き消しきれないほどの声を合図に、鯨は再度口を開く。鯨が呑み込んだ鬼火のエネルギーは、今度は超高圧の激流に姿を変えて、青行燈に向けて射出された。
百の鬼火の威力を、一本の水流に圧縮して撃ち出されたのだ。速度も火力も並大抵のものではない。不完全体の青行燈ではそれを避けることも叶わず、吹き飛ばされるように消滅した。
しかしそれを喜ぶ間もなく、シブキは体制を崩してアスファルトに片膝をつく。咄嗟に勇輝が駆け寄って、手を差し伸べた。
「シブキ、大丈夫か?」
「おう……わりィな。火力上がるほど疲れんだ、さっきの技」
「そうか。……無事でよかった」
伸ばされた相棒の手をとって、シブキはゆっくりと立ち上がる。これで一件落着――そう思った矢先、二人の後ろから乾いた笑い声が聞こえた。




