第十五話「李渦高校怪奇譚」1/10
俺は俺を赦さない。
赦されていいはずがないのだ。
第十五話「李渦高校怪奇譚」
七月。燃える太陽の光が地を穿つ、夏の頭。とはいえ、その年の七月一日は生憎の雨模様だった。太陽は雲の奥に身を潜め、地には陽光の代わりに雨粒が絶え間なく降り注いでいる。
時計の針が指し示すは、午前六時四十五分。影踏み鬼との激闘を終えた翌週の月曜。李渦の大屋敷・黒神邸では、二人の青年がちょうど朝食の片付けを終えたところだ。
二体の影踏み鬼と、一体の"狂化"個体――アキレアと名乗る異獣の戦士との戦いは、なかなかに厄介だった。その戦いにて勇輝が傷を負った故、シブキと勇輝は支部長から、二人揃って待機命令を喰らったのだった。前回の自宅療養という名の謹慎から一ヶ月と経っていない。
それで今日が謹慎明け、登校再開の日というわけである。李渦高校の期末試験に被っていなかったのが不幸中の幸いだ。最悪単位が取れなくても二人が将来に困ることはないが、それでは高校に通う意味もない。
学生の朝に猶予はない。さて支度をするかとシブキは動き出すが、何やら勇輝が落ち着かない様子であることに気づいて足を止める。
「勇輝? なんかあったか?」
「いや、何があるわけじゃないんだが……」
どうにも煮え切らない返答である。歯に物着せぬ勇輝にしては珍しい。
よく見てみれば、勇輝は自身の右肩を気にしているようだった。そういうことかと、シブキは納得した顔をする。
「あー、傷か。綺麗に塞がっただろ」
「たった数日で痕も残らなくなるとは……」
「すげーだろ? クサキ姉さんの治療術。あれ、ほとんど独学なんだぜ」
影踏み鬼との激闘の後、四人は支部の医務室で傷の治療を受けていた。それなりに深い怪我を負った勇輝は、クサキにある治療術を施された。といっても大掛かりなものではなく、クサキ自身の波動を込めた花弁――"ヒールカローラ"を傷口に軽く当てられただけだ。直後は何もなかったが、日曜には勇輝の傷は跡形もなく完治していた。
「お前、今まで術が必要なほどの大怪我負ったことなかったもんな。初見じゃあ、そらびっくりもするか」
「下手な擦り傷より治りが早かった気がする」
「だな。……にしても、単なる波動強化じゃなく、波動操作で他人の傷治すなんざ相当むずいんだぜ。毎度思うが、姉さんはすげえよ」
事実、治療術――即ち、傷を癒す波動の使い方――を心得ている者は龍でも多くない。その点で、クサキは幼い頃から紛れもない天才だった。
弾んだ声で姉の話をするシブキに、勇輝がふと笑みをこぼす。
「……なんだよ。なんで笑ってんだ」
「さあ、なんでだろうな。それより治療術、俺も使えるようになれば便利そうだ。今度教えてもらうとするか」
「誤魔化しやがってよぉ……」
シブキにとって兄弟がどれほど大きな存在であるかは、話している彼の表情を見ればよくわかる。普段の大人びた鋭い気配は鳴りを潜め、彼の本質的な純粋さが窺えるのだ。いいものが見れたと内心で思いつつ、勇輝はくるりと背を向ける。
「俺は先に準備してくる。遅れるぞ、シブキ」
「ったく……」
そそくさと自室へ消えていった勇輝に、シブキはため息をついた。相変わらずマイペースな相棒だ。
そうだ、相も変わらずに。




