8/9
ウェルテクスの胸に刺さっていた二本のツノは、アキレア本体の消滅と共に無くなっている。薄緑の体毛を赤く染めて、痛々しく空いた肉の穴に、シブキは顔をしかめた。
「ウェル、お前は大丈夫か?」
「ちょい眩暈はしますけど……なんとか。回復はしてきてるんで」
龍の治癒力は、人間や他の生物を大きく上回る。幸いウェルテクスの核は傷ついていない。しっかりと療養をとれば、二日もすれば戦線に復帰できるだろう。
伏せたままのウェルテクスの隣で、谷北が軽く一礼した。
「大水龍、感謝する。誠司の件といい、借りが増えた」
「借りならもう返されてるさ。お前の機転がなけりゃ、俺は影から抜けられなかった。勇輝の右腕が生きてんのは、お前のおかげだよ。谷北」
「……そうか。役に立てていたなら、何よりだ」
いつもよりも幾分か穏やかな表情で、谷北は笑った。
大切なものを失った彼にとって、誰かを守れること、救えることはこの上ない喜びだ。それをシブキはよく知っている。
さて、こんな路地裏に長居は無用だ。予定より時間がかかったから、柚木たちもきっと気が気でないだろう。シブキは気持ちを切り替えて立ち上がる。
「んじゃ、帰るぞ。歩けるか、ウェル」
「一応歩けますけど、人に化けんのはきついんで……翔、わりいけどオレ、一旦龍結晶に戻るわ」
「ああ、任せろ」
「さんきゅー……」
疲れきった声でそう言うと、ウェルテクスの全身は淡い光に包まれていく。波動により構成されている龍の身体は、人の身体とは全く異なる性質だ。肉体を波動に分解し、小さな結晶の姿――つまりは、核そのもの――に変化することができるのだ。
肉体を保てないほど傷を受けて回復するときや、隠れたりするのに便利な能力だが、核の状態では当然無防備である。無抵抗で弱点を晒しているようなものだから、よほどやむを得ない時か、信頼できる仲間に核を預ける場合以外で使用することはほとんどない。
グリフォン族であるウェルテクスは、シブキのような純龍族と違って、人の姿より龍の姿の方がエネルギーを消費しない。けれど何も知らない人間たちの世で龍の姿を晒せば、当然面倒なことになる。故に普段は人のかたちをとっているわけだが、今のウェルテクスの体力では、それを保つのは少し厳しい、というわけだ。
今回は谷北が元からウェルテクスの龍結晶を持っている。龍結晶は龍の波動が結晶化したものだ。切り離した自身の一部である龍結晶と一時的に融合する方が早いので、ウェルテクスの波動は谷北の腕のリングルに、そこにある龍結晶に吸い込まれていく。
少しして、波動は全て龍結晶に収まった。谷北は、わずかに温もりが宿る龍結晶を指でなぞる。
「お疲れ様、相棒」
小さく呟いて、それから彼は顔を上げた。今度はいつもと同じ、まっすぐな顔だ。
「よし。任務は完全遂行だな!」
「……切り替えの早い奴」
「ふはは、褒めても何も出んぞ!」
褒めてない、と呆れる勇輝に、谷北はにいっと笑って返した。
そうして影踏み鬼の討伐を終えた三人は路地を後にする。
ちょうど通りに抜けようというところでふと、シブキが立ち止まって振り向いた。
「……シブキ?」
また異獣だろうか。疑って尋ねる勇輝に、シブキがはっとしたような顔をした。




