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アキレアは敵だった。その事実は変わらない。世界に仇をなし、シブキの友を、相棒を傷つけたことは、どうやっても変わらない真実だ。それでも。
それは確かに、生きていた。
"狂化"影踏み鬼、個体名アキレア。それは、そこに生きていて、今シブキの手によって討たれ、消えた。
どこかやるせない気持ちで、シブキは剣を下ろす。
しかし、感慨に浸っている余裕はあまりなかった。筋が切れたような鈍い痛みに、シブキが体勢を崩して膝をつくと、すぐそばの勇輝は心配そうに視線を合わせる。
「シブキ」
「平気だ。無理やり振りきったからな、ちょっと足首やっちまっただけだよ。こんくらいならまだ歩ける。それよりお前、肩は」
「大したことはない」
口ではそう言うものの、肩を抑える勇輝の左手の指には少ないとはいえない量の血が滲んでいる。アスファルトにできた血溜まりは多量とまではいかないものの、単なる擦り傷でないことは確かだろう。
シブキはその様子を見ると、不機嫌そうに眉尻を上げる。
「嘘つけ、結構ひでえだろ。手ェどけろ」
やや低めに言われて、勇輝は嫌々ながらも左手を外す。
傷を受けた部分の服の生地は破けており、奥に見える皮膚も小さなクレーターのように抉られている。範囲はそこまで広くないし、深さとしても重度ではない。けれど、無事というにはいかんせん苦しい傷だ。
影を踏まれていなければ、相棒にこんな傷を負わせることもなかったのだろうか。それとも、この程度でよかったと思うべきか。――過ぎたこと、考えてもしかたのないことだ。
脳内で幕を開けようとする反省会を無理やり終了させ、シブキはため息を吐く。それは勇輝の強がりに向けられたものか、或いは。
シブキの白い手が、自分の青いマントの端を破き取る。それからその布地を、勇輝の腕、傷を負っている部分に包帯がわりに巻きつけた。
布越しに滲んだ血で手が汚れるのも厭わないその様は、彼がいかに戦場慣れしているかを示していた。
「ったく……龍ならともかくなあ、人間にとっちゃ相当な傷だ。あんまり痛みを我慢してっと、致命傷にも気づけなくなんぞ」
説教じみたことを言いながらも応急処置を終え、シブキは勇輝の傷からそっと手を離す。
「ねーよかマシだろ。医務室までそれつけとけ」
勇輝は巻かれた布に目を落とし、それからシブキの方に視線を戻した。
「また、助けられたな。お前に」
「助けられてんのは俺の方だよ。それとも何か、不服か?」
いたずらっぽく笑ってシブキが言えば、勇輝は穏やかに眉尻を下げる。
「……いや。これからも、存分に頼るつもりだ」
「っはは。お互い様、ってな」
"狂化"目目連、シニガミコウモリ、そして今回の影踏み鬼との戦闘を経て、シブキと勇輝の関係性はまた少し変化していた。
どちらかが守るのではなく、誰にも頼らないのでもなく。
互いに守り、支え、補い合う。それが今の、シブキと勇輝の関係だ。それは確かな、大きな前進だった。
やりとりを終えて、シブキは振り向いてウェルテクスと谷北の方へと向かう。立って歩くのが少し辛く思えたが、勇輝がすかさず左肩を貸した。




