第十四話「アキレア」1/9
第十四話「アキレア」
目の前には、己とそっくりなかたちをした、それでいて己とは全く違う波動をした異獣。薄気味悪い笑みをたたえた口元が、ゆっくりと開いた。
「僕はアキレア。君たちを殺しにきた」
落ち着いた声でそれは言う。シブキと同じはずの青色の瞳は、深海のように深く、暗いように見えた。
先ほどまで、それはそこにいなかったはずだ。そもそも、本来なら柚木たちの向かった方に三体目がいたはずだった。勇輝の"月輪"でも発見できなかった。
そうだ、シブキが振り返るまで、影を踏まれるその瞬間まで、異様な気配はそこになかったのだ。
どうなっている。混乱する思考の中で、それでもシブキに染みついていた戦闘本能は鈍らない。彼が硬直していたのはわずかな間だけだった。
今やるべきことは単純だ。状況把握をしている暇はない。敵が目の前にいる以上、シブキの行動は決まっていた。すぐさま剣を構え、得体の知れないドッペルゲンガーに斬りかかる。
しかし当然、真正面からの攻撃などそう簡単には当たらない。シブキの姿を模した影踏み鬼――アキレアと名乗ったその異獣は、剣が当たるより先に自身の足元にできた影に落ちていく。まるで水の中に沈んでいくかのように、アキレアは文字通り影の中に潜ってしまった。
そして、ほとんど間を空けずに――谷北の真後ろ、彼の影から、それは現れた。
「な――」
「ひどいよなあ、話も聞いてくれないなんてさ」
茶化すようにそう言って、アキレアはシブキの得物によく似た剣で谷北に斬撃を放つ。
しかし谷北の背に傷がつくより先に、緑の風が走った。
「ウェルテクス!」
龍使いを庇ったウェルテクスの翼に、じわりと血が滲む。反撃の隙を与えず、アキレアは即座に影へと戻ってしまう。
「ッ平気だ、それより次だ! 警戒しろ!」
わずか十秒にも満たないこの攻防で、その場にいた龍と龍使いは全員悟っていた。
今度の敵は、先ほどまでの奴らと違って簡単にはいかない。
アキレアは続けて勇輝の背後に現れた。ギリギリで反応した勇輝はさっと振り返り、敵の剣を鎌で受け止める。
すぐさまシブキが駆けつけ、アキレアに二度目の攻撃を仕掛けた。瞬時に後ろに引いてかわしたアキレアだが、切っ先が擦り左肩に線が入る。
「シブキの剣は、すぐ近くで散々見てきた」
アキレアを鋭い眼光で睨み、勇輝は言う。
「お前じゃ、その身体は扱いきれない」
シブキをコピーした身体能力と、影から影へと移動する性質の合わせはなかなかに厄介だ。それでも勇輝は確信していた。
シブキの剣と比べれば、ずっと遅い。
「っはは、言うねえ!」
追撃で繰り出された勇輝の鎌の振りをかわし、アキレアはまた影の中へ。
無理に継戦せずヒットアンドアウェイの戦い方をしているのは、シブキの剣の速度に及ばないことを自覚しているからだ。己の弱点を理解している敵ほど厄介なものはない。弱点をカバーする動きができるというのはつまり、弱点がないのと同義だ。
アキレアは先ほどまで次から次へと影を移動し、息をつかせない戦法をとっていたのに、今度はなかなか出てこなかった。恐らく勇輝に対応されたのを見て、次に同じ手を使っても無駄だと判断したのだろう。




