第十三話「後ろの正面」1/8
第十三話「後ろの正面」
深夜。澱んだ宵闇に包まれ、しんと静まり返った街路には人の姿がほとんど見られない。
丑三つ時、或いは丑満時、古来より化物の時間と信じられてきたこの時は、普通の人間であれば夜勤でもない限り外へ出ないのだ。
そんな夜中の街を二人、若い青年たちが歩いていた。前を行く一人はフードを深く被っており、身に纏う黒い外套ごと闇夜に溶け込んでいる。彼についていくもう一人もパーカーのフードを被ってはいるが、隙間から覗く特徴的な白髪が夜の闇に浮いて見える。
二人の行手を突如、小さな影が遮った。目玉鬼である。
動揺することなど一切なく、黒外套の青年は、どこからか取り出した両刃の剣で目玉鬼を斬り捨てた。まるで無感情なその動作は、明らかに手慣れている。
その後しばらく、二人は無言のまま先を急いでいた。その沈黙に耐えかねたのか、はたまた別の理由であろうか、白髪の青年が何の気なしといった風に口を開く。
「静かだな」
「まあ、こんな時間だからね」
白髪の青年に対し、黒外套の青年は振り向かないままそう返す。その返事は無関心という声色でこそないものの、どこか感情が薄いように聞こえた。
しかし己の知る彼はこんなに無口であっただろうかと、白髪の青年は眉を顰める。話したくないというわけではなさそうだが、むしろ――そうだ、言葉を探している余裕もない、そんな風に白髪の青年には思えてならなかった。
その理由も、よく知っているはずなのに。違和感を拭う方法も、相棒にかける言葉も見つからず、白髪の青年は黙り込む。
その様子に、目敏い黒外套の青年はすぐに気がついた。立ち止まってくるりと振り向き、深紅の眼を白髪の青年に向ける。
「……どうかしたかい?」
先ほどよりも穏やかな、生気を帯びた声。白髪の青年は抱いていた違和感を飲み込んで、緩く首を振る。
「いや……なんでもない」
「なら、いいけど」
再度、黒外套の青年は歩き出す。生温い夜の風に、ふわり、と闇色のマントが揺れる。自分と大して変わらない上背の後ろ姿を、白髪の青年が追う。
ふと。
「……そろそろ、決行するつもりだ」
呟くように、黒外套の青年は声を落とした。
「手を引くなら今のうちだよ、悠」
その台詞が、白髪の青年にとっては腑に落ちなかったらしい。スフェーンに似た黄緑の瞳が、く、と細められる。
「ここまで来て、一人で帰れと?」
「無理して僕に合わせる必要はないって意味さ」
「無理はしてない。おれはおれの意志でここにいる」
「そうかい。……いい相棒を持ったな、僕も」
黒いフードの下、青年の深紅の瞳がわずかに和らいだ。静かに凪いだ、穏やかな声音はまるで――死を受け入れたひとのそれだ。
そんな不吉な想像が、白髪の青年の脳裏に浮かぶ。しかしそれはあながち、妄想だと笑い飛ばせるようなものでもない。
「……だが」
「なんだい?」
嗚呼、これは余計な一言だ。きっとどう返ってくるかだなんてわかっている。それでも白髪の青年は、開きかけた口を閉じる気にはなれなかった。
「…………本当に、いいのか」
ゆっくりと、多大な躊躇いの末に、小さくそう尋ねる。どうか気を悪くしないでくれと、内心でそう付け加えた白髪の青年に、黒外套の青年は優しく笑いかけた。




