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 由紀は少しのあいだ言い出そうかどうか迷って、しかし好奇心の方が勝って口を開く。


「そういえば、ほら、お名前とか聞いてなかったなー、って思って」

「?……ああ、名乗っていませんでしたか。失礼」


 急な来客ですっかり忘れていたようだ。少年は少し驚いた顔をした後、一つ咳払いをして元の起伏の少ない表情に戻り、落ち着いた声で名乗りあげた。


錦慎也(にしきしんや)と申します。ここの副支部長を務めております」

「へぇ、副支部長さん…………副……? 支部…………エッ副支部長⁉︎ ナンバーツー⁉︎」

「まあ、一応は」


 予想だにしていなかった返答に由紀は仰天し、何度も瞬きを繰り返している。対する錦は、由紀のオーバーリアクションにだいぶ慣れてきたようで、淡白な様子を崩さない。


「えっ……副支部長ってことは、毎日通ってたりするんですか?」

「そうですね、ほとんど毎日。仕事ですので」

「学校とか大丈夫なんですか⁉︎」


 その瞬間。由紀がその一言を発したその瞬間、空間がぴきりと凍りついた。体感二、三度は気温が下がったのではないかと錯覚する。


「……………………ハァ」

「⁉︎」


 聞こえた、確かに聞こえた。


 たっぷり間を置いてから放たれた、錦の、なんとも哀れなため息が。なんだかこう、何もかも諦めたような、悲壮感すら漂うため息が。


 同時に、ほんの一瞬ではあったが、錦がものすごく嫌そうな顔をしたのも、幸か不幸か由紀は見逃さなかった。


「…………あ、あの」

「……………………いえ、お構いなく。よく、見間違えられるんですよ。しょっちゅう。俺、多分あなたより歳上ですよ」

「えっ、私十六ですけど、あの、錦さんは」

「……二十九です」

「十九?」

「二十、九、です。九年前とっくに成人してます」

「え……エエーッ⁉︎」


 衝撃の事実である。


 てっきり少年だと思っていたが自分より歳上、しかも三十路ちょっと前だとは。若いとか若くないとか、もはやそういう領域ではない。


 由紀が状況整理に励んでいる間も、錦は小声で、この前もコンビニで年齢確認されたんですよね、とか、夜間の任務で警察に職質されるのは日常茶飯事です、などと虚ろな目でぼそぼそこぼしている。


「……ちなみに、」

「は、はい」

「入り口でお会いされてましたよね、柚木支部長。あいつと同い年です」

「柚木って…………さささ、さっきの爽やか好青年と⁉︎ いやそもそも柚木さんも二十九なんですか若いな⁉︎」

「…………」


 わたわたしている由紀を見る錦の目が一瞬、なんとなく、冷たかったような。


 向けられた刹那の蔑視に、勘がいいからか気づいてしまった由紀は、慌てて滑りのよくない思考をぐるぐる回す。なんとかして話題を逸らさねば、まずい。


「え、えーっと……あっ、ほら! 錦さんたちって、普段どんなお仕事されてるんです?」


 足りない頭で叩き出した結論にしては、存外悪くない。錦はその質問が、話題を逸らすためのものに他ならないと重々理解していたが、思っていたより機転の利く娘だと内心関心したようだ。そのアドリブ力の高さに免じて、真面目に答えてやることとする。

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