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任務に備えて休んでおくのも大事だとはわかっているが――シブキにはひとつ、やりたいことがあった。
「それなら俺、兄さんに頼みがあるんだけど」
「ん? なんだ?」
真っ直ぐにアクトを見上げるシブキの目の奥で、静かな闘志が揺れていた。
協会支部の地下階。ここには、龍と龍使いのための訓練所がある。ぱっと見は広めの体育館といった感じだが、一般的なそれよりもかなり頑丈に作られている。
その中央、勇輝と錦はそれぞれ竹刀を持って対峙していた。端で見守っているのはシブキとアクトだ。
自由時間でシブキがアクトに頼んだのは、久方ぶりに手合わせがしたい、ということだった。しかし先日の"狂化"目目連戦で実力不足を痛感したのはシブキだけではなく、勇輝も同じだ。それで勇輝も自主練を申し出たところ、錦が付き合ってやると言い、結局四人で訓練することになったのである。
錦は勇輝の方に竹刀を向け、声を張り上げる。
「さて、黒神! まずはお前の戦い方を見たい。とりあえず、俺に一太刀浴びせてみろ」
絶対的な自信を帯びたその言葉に、対面の勇輝はこくりと頷き、駆ける。距離を詰めても錦が動く気配はない。しかし、勇輝が竹刀を振るった瞬間、錦は真上に高く跳び上がった。普段は右目を隠している前髪がふわりとたなびき、余裕を残した双眸が挑発するように勇輝を見下ろす。
空中ならば動きは制限されるはずだと踏んで、勇輝はすかさず突きを繰り出した。
突きが届く寸前、錦は左手の袖に隠したブレスレットに嵌めてある龍結晶から黒煙を噴かせる。目眩しだ。
視界が晴れた時、錦の姿はそこにはなかった。代わりに背後からトス、と靴が地面に当たる音がして、勇輝はばっと振り返る。
背中を向けたまま、錦の黒い瞳がこちらを見据えている。
咄嗟に竹刀を持っていない左腕を引き、反撃の準備に出た勇輝――だったが、何をするでもなくその手は降ろされた。
「……手応えは、あったんですが」
完全にしてやられた。敗北を認めるように、勇輝は竹刀を地に向ける。
「ああ、いい突きだったよ。ただ、《《たまたま》》俺の足に当たったんで、勢いで跳んだだけだ」
その一言で、勇輝は錦があの一瞬で行ったことを悟った。
至極単純だ。突き出された剣先を両足で踏みつけて、バネのように跳ね上がった。煙幕は突きの軌道を逸らすためではない。錦がどの方向にかわしたのかをわからなくさせ、隙を作るためだ。
仕組みは簡単。けれど、それを簡単と言いやってのけるのは、あまりにも。
「……めちゃくちゃだ」
「腑に落ちないか?」
「いや……人間離れしているな、と」
動きだけではない。一手先を見据えた目眩しも含めて、咄嗟の判断力が段違いだ。
「化け物を相手にしているんだ。多少めちゃくちゃでなければ、生き残れないさ」
言いながら、錦は勇輝の方へ歩いてくる。
「やはりお前の課題は明確だな。黒神、今の試合と実戦の大きな違いは何か、わかるか」
「違い……ですか」
今のは何もかもが実戦とは違う。例えば、命がかかっているかいないか、というのは大きすぎる違いだ。しかし、錦がそういうことを言いたいわけでないのははっきりしている。強いて具体的に挙げるならば。




