3/12
柔らかい口調で言った後、柚木は腕時計に目をやる。
「……さて、時間的にそろそろ来るかな」
彼の視線が部屋の出入り口に向かったのとほぼ同じタイミングで、示し合わせたかのように戸が開く。入室してきたのは、副支部長である錦慎也と、その契約龍――シブキの二番目の兄、第二階位闇龍の龍魔鴉黒斗だった。
「アクト兄!」
「よう、シブキ、勇輝。オマエら、また無茶したんだって?」
開口一番、アクトはそう言った。高身長に着崩したスーツ、肩からひらつく黒色のマント、何より切長の目をした強面が相まって、少々威圧的に感じられる。
やや低めの声で問われたシブキはわずかに怯むが、予想に反してアクトに怒った素振りは見えなかった。
「そう身構えんなよな。説教なんざする気はねェよ。今が元気にやれてンなら、オレはそれでいい」
声色を和らげて笑うと、アクトはシブキの頭にぽんと手を置く。幼児をあやすような手つきに、だんだんとシブキの顔に血が上り始めた。
「兄さん、俺もう子どもじゃねーって……」
「うるせェ、心配かけた罰だ。たまには黙って撫でられとけ」
厳しいのか甘いのかわからない発言ではあるが、罰だと言われれば弟として反論できないようで、シブキは兄の手をどけようと上に伸ばした腕をそっと下ろした。
しばらくわしゃわしゃと雑に髪を撫で、満足したアクトはぱっと手を離す。
「ま、そういうワケでな。今回の任務は、オレと慎也、オマエと勇輝で臨むってこった。いいな?」
「おう……」
まだわずかに紅潮した頬を左手で隠しながら、シブキは小さな声で返す。
兄弟のやりとりを黙って見ていた錦が、呆れた顔で口を開いた。
「アクト……お前、さっきまで散々シブキは大丈夫かとか言っていたくせに、随分格好つけたものだな」
「あーあーうっせェなァ! 兄ってのは弟妹の前じゃカッコつけたくなっちまう生きモンなんだよ、文句あっか!」
「いや、別に」
黒いマフラーに隠れて口元は見えないが、錦の声は明らかに笑いを含んでいる。
不服そうに錦を見下ろした後、アクトは勇輝の方に目を向けた。視線に気づき、勇輝は軽く会釈を返す。
「お久しぶりです、アクトさん」
「おうよ。ここ最近、オレらも任務でゴタついてたから会えてなかったな。オマエも元気そうで何よりだぜ、勇輝」
アクトは勇輝に軽く笑いかけた。風貌や低めのハスキーボイスから怖がられがちなアクトだが、本質は面倒見のいい兄貴肌な男だ。
粗方挨拶だのなんだのを終えて、錦が柚木に声をかけた。
「鉄鼠戦なら、任務は夜からだろう。それまでは適当に待機でいいか?」
「ああ、ゆっくりしていて構わないよ。支部の施設ももちろん使っていい」
錦に返答した後、柚木は部屋の出入り口へと向かう。
「じゃあ、僕はこれで。シン、気をつけてね」
「ああ。またな」
柚木が部屋を出るのを見送って、錦はシブキと勇輝に向き直る。
「鉄鼠が活動するのは夜間、李雨河への出発は夕方五時でも余裕で間に合う。時間になったら電車で向かう。それまでは自由時間だ。体を休めるなりなんなり、好きにしろ」
まだ昼を少し回ったくらいの時間だ。充分に時間は余っている。




